人質の早期解放などを求める国会周辺のデモに参加する人たち=エルサレムで2024年4月2日午後7時29分、松岡大地撮影
写真一覧

 まさか、日本で「中東の混乱」を肌で感じることになるとは――。パレスチナ自治区ガザ地区なども取材範囲とするエルサレム支局に4月に赴任した記者(35)は、赴任に向けた準備の中で想定外の事態に直面した。イスラエルとガザ地区を支配するイスラム組織ハマスとの大規模な戦闘が始まってから7日で半年が経過したが、収束は見通せず、ガザ地区での人道危機は今も続いている。

 1月下旬、記者は日本通運の担当者とオンラインで、赴任に向けた引っ越しの打ち合わせをした。間もなく始まる特派員生活に少し心を躍らせていた私に担当者から聞かされたのは、思いがけない言葉だった。

 「申し訳ないですが、今回は船便は使わずに航空便のみを使い、足りないものは現地で調達してください」

 一瞬、私は面食らった。海外赴任する際、多くの場合は航空便に加え、船便も使う。船便は航空便に比べて、荷物が着くまで時間はかかるものの、家具や家電など大きな荷物を安全に運ぶことができる。赴任に家族らを帯同する場合、船便は必須だ。私には1歳の娘がいる。家族帯同を考え、ベッドやベビーカー、ベビーチェアなどを持っていくことを検討していた。なぜ、今回は船便が使えないのだろうか。

持っていった手荷物と預け荷物。直前まで重量調整を余儀なくされた=成田空港で2024年3月24日午後7時12分、松岡大地撮影
写真一覧

 原因は、紅海での政情不安だ。イスラエルとハマスの衝突をきっかけに、イエメンの親イラン武装組織フーシ派は昨年11月以降、パレスチナへの連帯を示そうと商船への攻撃を活発化させている。これに対抗して、米英軍も今年1月、フーシ派拠点の空爆に乗り出すなど、紛争はガザ地区以外にも飛び火している。

 そして、紅海の先にはアジアと欧州をつなぐスエズ運河があり、日本からイスラエルへの船便の最短ルートとなる。スエズ運河は世界海上貿易の10%強が通過する要衝だ。しかし、フーシ派の船舶への攻撃が激化する中、大手海運会社はスエズ運河を回避するルートを取るようになっている。

 日通が依頼する船会社もスエズ運河を避ける運用を取り始めていた。担当者から説明を受けた時点では、イスラエルへの船便はあったが、戦況によっては今後、イスラエルに寄らないルートになる可能性もあるという。「船便はリスクが高いため、お勧めできない」とのことだった。

 子どもの荷物の多くを持っていけないのは困る。イスラエルとハマスが停戦していないなど政情不安も気になった。家族で話し合った結果、家族と合流するのは情勢が落ち着いてからという方針に変更した。フーシ派を巡る情勢は日々、ニュースで目にしていたが、まさか自分の赴任が影響を受けるとは想定していなかった。

 単身で行くことが決まった後も、荷詰め作業は最後まで悩んだ。航空便で運べる重量は250キロと単身で行くにはある程度は運べるが、食品は15キロまでだ。自炊に必要なみそやしょうゆなど調味料を積み込むと、すぐに15キロに到達してしまった。

 私が予約したエミレーツ航空のチケットは預け荷物は1個30キロ、手荷物は1個7キロまで。出発直前になると現地での生活が急に不安になり、電子レンジで温めて食べられる5食入りの白米を4パック購入した。しかし、変圧器や服などで既に荷物は規定量をオーバーしており、結局、白米は一つも入れられなかった。

警戒された入国審査

イスラム教のラマダン(断食月)期間中、断食明けの日没後に多くの人でにぎわう旧市街=エルサレムで2024年3月28日午後8時52分、松岡大地撮影
写真一覧

 そして3月24日、出発の日を迎えた。ドバイを経由して、約15時間のフライトでイスラエルの商都テルアビブに無事到着した。

 しかし、ここでも思わぬ事態が待っていた。入国の際、正直に「仕事で数年滞在する予定だ」と担当者に言うと、別部屋に呼び出され、尋問されることになった。

 周辺のアラブ諸国と敵対しているイスラエルの入国の煩雑さは観光客にとっても有名だ。記者としてならすんなりと入国できるだろうと高をくくっていたのだが、そうではなかった。

 「パレスチナには行くのか」「入国前にやり取りをしたイスラエル政府の担当者は誰だ」などと聞かれた。イスラエル政府事務所とのメールのやりとりを見せ「危険な人物ではない」などと説明し事なきを得たが、1時間ほど入国に余計に時間がかかってしまった。

国会周辺のデモ 戦禍の現実

人質解放を求めるポスターが至る所に張られている=エルサレムで2024年3月27日午後3時2分、松岡大地撮影
写真一覧

 4月7日で入国から約2週間が経過した。エルサレム市内を歩いている限り、身の危険を感じることはない。ただ、いまだにイスラエル側の96人が人質としてハマスによってガザで拘束されている。国会周辺では早期の人質解放を求めるデモが行われ、この国がいまだ戦争中であることを思い知らされる。

 一方で、東エルサレム周辺に住むパレスチナ人と話すと、イスラエルによる占領への怒りは強い。「自分はハマス支持者ではない。けれど、何十年もの間、イスラエルは占領を続けている。国際社会は何をしているのだ」という声も聞いた。人道危機が続くガザでは、死者が3万2000人を超え、負傷者も約7万5000人に上る。

 エルサレムからガザまでは直線距離で約80キロの近さだ。だが、停戦交渉の行方は全く見通せない。【松岡大地】

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。