「いくら『休みを取ろう』と言っても、現場の掛け声だけでは難しかった」
パナソニックホールディングス傘下でシステム開発を手掛けるパナソニックコネクト(東京・中央)。人事戦略室の北垣信太郎マネージャーは、おそらく日本中の企業が抱えてきた課題をこう語る。そこで同社は2024年3月期から、従業員が休めないと役員報酬を減額する制度をスタート。以後、役員は従業員の休暇取得を必死にチェックするようになったという。
「コネクターズ・チャレンジ・ホリデー」と名付けた同制度は、従業員が5連休を取れなかったら役員の責任になる。断続的に休ませると、休暇中に仕事を処理する事態にもなりかねないため、連休にこだわる。「この期間は休み」と示し、社内メール・チャットのやり取りなどから解放したほうが分かりやすい。特別休暇2日と有給休暇1日に、土日を合わせて5連休を取ってもらう。
同社は国内だけでも1万人強の従業員を抱える。初年度のKPI(重要業績評価指標)では、従業員の85%が5連休を達成できなければアウトとした。役員報酬のうち、年次賞与に相当する短期インセンティブ(STI)を5%削減することになる。このKPIは2年目に90%、3年目に95%へと引き上げ、「当たり前に休める文化を5年以内に定着させる」(北垣氏)計画だ。
中途採用で優秀な人材を採るためにも、休み方改革は重要だ。同社では従来、30歳や40歳などと節目の年齢に応じて有給休暇を割り当てていた。だが、これでは新卒一括採用を前提とした勤続年数に報いる考え方になってしまう。人事戦略室の紀藤安則マネージャーは「キャリア採用の増加や、いったん転職した人の出戻りなども考えると、年齢で区切るのはそぐわない」と語る。
もちろん、KPIに基づき役員がプレッシャーをかけるだけでは不十分だ。組織全体で仕事の回し方を変えないと、特定のメンバーに業務が集中するといった弊害も起こりかねない。同社は23年に雇用形態をメンバーシップ型からジョブ型へ移行した。細分化したジョブディスクリプション(職務記述書)は約1400種。主に同じ等級の人同士で、円滑に仕事を引き継げる体制を目指している。働き方改革にも制度変更の効果がどれだけ表れるかが注目される。
上場企業の5社に1社が従業員指標を活用
パナソニックコネクトのように、役員報酬の連動指標に従業員のエンゲージメント(満足度や働きがい)を盛り込む企業は増えている。例えば日立製作所や住友商事は23年度から、役員の株式報酬を決める際の算定式に従業員エンゲージメントを組み込んでいる。SUBARU(スバル)は22年度から、業績連動で株式ユニットを付与する役員報酬制度(パフォーマンス・シェア・ユニット=PSU)を取り入れた。その連動指標の中に、従業員エンゲージメントを活用している。
デロイトトーマツグループが、上場企業100社(TOPIX100採用銘柄)の役員報酬を調べたところ、短期インセンティブ(STI)または中長期インセンティブ(LTI)、いずれかの連動指標として従業員エンゲージメントを採用している企業は20社だった(どちらにも採用しているのはデンソーの1社)。つまり大手企業の5社に1社が、従業員指標を役員報酬の算定式に取り入れていることになる。
だが、その測定方法に関しては注意する必要があるだろう。自己資本利益率(ROE)のような財務指標とは異なり、「働きがい」や「士気」といったエンゲージメントは定性的なものが多い。もし投資家や従業員から「会社側が都合良く操作できる指標なのでは」と思われてしまっては、経営陣の求心力は逆に低下してしまう。それだけに、指標の算出方法には透明性を持たせることが重要だ。
例えば管理職に対する「360度評価」は、あまり信頼できる指標と見なされていない。特にパワハラが横行している組織では、上司が部下に圧力をかけておくため、出てきた数値に信ぴょう性がなくなってしまうという。あるいは情報管理がずさんな会社だと、「自分への低評価を書いた部下は誰なのか」を上司が特定してしまうケースもあるとか。このようなケースでは、従業員が会社を信用していないため、まともな結果が出てこない。
デロイトトーマツグループの浅井優ディレクターは、従業員エンゲージメントを客観的に測定するためには「回答する社員の心理的安全性を確保することが重要」と指摘する。具体的には、経営者や各部門のトップから次の4点を全社員に伝えるべきだという。
(1)今の状況の良しあしを判断するためのものではなく、よりよい組織・チームをつくるための定点観測的な調査であること。(2)調査の匿名性はきちんと担保される。調査結果による報復行動は絶対にないこと。
(3)仮に誰かが報復措置や詮索行動を取った場合、ただちにコンプライアンス部門へ通報することを奨励。
(4)報復行動を取った上司などには、会社が厳しい懲戒処分を下すこと。
定性的な調査データではなく、定量的なデータを採用する方法もある。旭化成は22年度から役員報酬の指標に、従業員の「働きがい」を追加。その測定内容として「メンタルヘルス不調による休業者率」も公表し、報酬額を連動させるようになった。同年度は0.8%の目標値に対し、実績は1.07%と超過していた。あえて未達の数字も明らかにすることで、役員が主体的に組織改革へ動く効果を狙っている。
従業員の心身への健康や働きがいに配慮しようとする動きは、人材の価値を高める施策が企業価値の向上に資するとする、人的資本経営を重視する潮流からも理にかなっている。それだけに、役員報酬の算定式に従業員指標を盛り込むのは、経営の人的資本経営強化に向けた意思表示とも捉えられるだろう。ただ、情報開示に向けた仕組みの構築や、その効果検証は道半ばだ。先進企業の取り組み事例が、より多くの企業に広がることを期待したい。
(日経ビジネス 小太刀久雄)
[日経ビジネス電子版 2024年4月1日の記事を再構成]
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