大和合金の萩野源次郎社長
キャリア採用(中途採用)が増える中、新たなカタチの縁故採用が広がっている。社員が求職中の知人や友人を会社に紹介する「リファラル採用」がその代表例だ。進化した「ネオ縁故」は働き手と企業のミスマッチ解消にも役立つと期待される。

特殊な銅合金を製造する大和合金(埼玉県三芳町)は、昔ながらの「大家族経営」を掲げる。グループ企業を含む社員数は約160人。オープンな雰囲気や団結を重視し、社員を解雇したことはない。採用方法も特殊で、求人媒体に広告を出さず、人材紹介会社やハローワークも使わない。

新入社員はもっぱら既存社員の知人や親族、近隣の工業高校や大学の先生から紹介された卒業生たち。社内には親子や兄弟、夫婦など15組以上の家族社員がおり、社員の孫も入社した。

3代目社長の萩野源次郎氏は「安心する環境であれば人は全力で働ける。仕事に満足していれば、自然に周りの人にも(入社を)勧めるようになる」と話す。働き手の会社に対する愛着心や信頼を重視するエンゲージメント経営に通じる発想だ。

業者などを介さないのは、求職者が条件や給料だけで入社を判断した場合、会社と合わないことが多いと考えているからだ。「採用コストは実質ゼロ」(萩野氏)。それでも新卒・中途合わせて年5〜10人を安定的に採用してきた。

大和合金では銅合金の鋳造や冷却などの工程で熟練した技術を持つ社員が働く

リファラル採用では自社を理解している社員が友人・知人を紹介するため、入社する側も事前に得られる情報が多い。ミスマッチを防ぎ、定着率を上げる採用手法として近年注目されている。

大和合金はそんなリファラル採用を長年実践してきたわけだ。信頼できる人を社員が紹介する仕組みのため、特段の事情がない限りは採用する。「専門性より、素直さや助け合いの姿勢を重視する」と萩野氏。誕生会や社員旅行を積極的に催すなど、社内の一体感醸成に余念がない。

とはいえ、ただの仲良し組織では成長できない。家族主義を継承しながら、萩野氏の代では海外進出や新規事業の開拓を進めてきた。新しい挑戦を任せられる人材を育てるため、技術顧問や研究者を招いて勉強会を定期開催する。希望する社員は大学や大学院にも通わせ、授業料は会社が負担する。

昭和の「コネ採用」とは違う

成果は出ている。これまでの自動車や半導体向けに加え、ドイツ製の航空機部品にも銅合金の採用が広がった。2021年には欧州の研究機関から核融合施設向けの材料を受注。23年は売上高が過去最高を更新した。こうして稼いだ収益をさらに人への投資に回すことで好循環を生んでいる。

大和合金のやり方は中小企業だからこそ成り立つことも多く、事業規模や採用人数が合わない企業も多いだろう。だが、自社にマッチする人材探しにリファラル採用を導入する企業は増えている。

リファラル採用向けアプリを手掛けるTalentX(タレントエックス、東京・新宿)の鈴木貴史最高経営責任者(CEO)によると、サービスを始めた15年当時、国内でリファラル採用を導入している企業の割合はわずか1割。それが今や6割に上がった。リクルーターが自社の求人をSNSで手軽にシェアできる同社のアプリは採用企業が急増している。

鈴木氏が説くのは、「リファラル採用3.0」という概念だ。昭和の時代のコネや縁故採用の「1.0」に始まり、社員にインセンティブ(奨励金)を支払うことで紹介を促す「2.0」までは旧来型だ。

同社調査によると、紹介する社員の動機の大半は「転職を考える友人の力になりたい」で、金銭的な動機はわずか。インセンティブの金額が高いほど、紹介される人の質が下がるという調査結果もあるという。お金に目を奪われ、マッチしない人を紹介する社員が現れては意味がない。

令和の時代に目指すべき「3.0」では、社員が自発的に紹介したくなる仕組みが確立され、リファラル採用の本来の利点を発揮できる。その利点とは、人柄や能力が企業にマッチするという人材の質の高さと、採用コストの抑制だ。

転職エージェントなど仲介会社を使う場合、企業が払う手数料は採用した人の年収の約30%が相場だ。年収が500万円なら150万円。平均的なインセンティブとされる10万円を紹介した社員に支払っても、リファラル採用のコストは10分の1以下で済む。

一般に日本の大企業では中途採用者の7〜8割は転職エージェント経由とされる。リファラル採用を導入する企業は増えているが、実際にそのルートで採用される働き手は大企業でもまだ1割ほどだ。

鈴木氏によると米大手テック企業はこの割合が5割と高く、社員が日常的に仲間集めを意識する風土があって組織の活性化につながっているという。同氏は「外部に依存する採用は持続可能性に乏しい。求める人材像の発信や社員を巻き込む力など戦略的なマーケティング能力が求められる」と話す。

富士通は採用数の2割目標

リファラル採用は一朝一夕では浸透しにくく、地道な取り組みを積み上げることが不可欠だ。

日本の大企業で先駆者とされるのが富士通だ。試験導入やインセンティブ額の検討など慎重な準備を経て、18年4月に導入した。転職市場に出ていない高度なIT(情報技術)人材の獲得に向け、約3万人いる社員の人脈を活用する。

重視したのは経営層や管理職からの呼びかけだ。社内報やメールなどでトップらが重要性を説き、機運を上げることに注力した。年2回実施するキャンペーンでは、特定の求人でインセンティブを3倍にするなど、試行錯誤を重ねる。

同社はデジタルトランスフォーメーション(DX)企業への転身を目指し、組織文化の変革に取り組んできた。会社への帰属意識が高く、組織に良いイメージを持つ社員が増えたことも、リクルーターの増加につながった。導入6年目に入り、リファラル採用で入社した人材は累計で約400人に達した。

23年度は採用担当者が各職場の定例会議に足を運び、きめ細かく説明して回った。リファラル経由での採用者は140人に急増し、年度中の中途採用に占める割合は14%まで上がった。

人材採用センターの福谷郁子マネージャーは「紹介された人は(他の経路に比べて)内定受諾率が高く、入社後の定着率も高い」と話す。組織の課題を自分事と捉え、リクルーターとして活動する社員はそれでもまだ一部だ。さらに協力者を増やし、24年度はリファラル比率を2割にするのが目標だ。

(日経ビジネス 薬文江)

[日経ビジネス電子版 2024年4月1日の記事を再構成]

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