専門の車運搬船で欧州にEVを大量輸送するBYD(2月、独北部ブレーメン)=AP

欧州連合(EU)はこのほど最大38%の追加輸入関税を中国製の電気自動車(EV)に課すと決めた。米政府も8月から、従来と比べ4倍の100%の制裁関税を発動する。二大市場から流入をブロックされる中国EVには今後「生産能力が過剰になる」の見方が消えない。だぶついたEVが、東南アジアや南米に向かっていく見通しが浮上している。

6月上旬、ベルギー北部アントワープ郊外の港。10万台以上を収容できる輸入車向け駐車場は、海上輸送された車であふれていた。車をつぶさにみると、その多くが中国製のEVだ。港の風景からは、続々と中国車が入ってきている事情が読み取れた。

中国にとって、欧州はEV輸出先の筆頭だ。中国業界団体によると、欧州に渡ったEVは2023年は65万台強。前年と比べ38%増え、EV輸出全体の41%を占めた。中国EV大手の車に加え、米テスラなどの中国生産車も多数輸入されている。

テスラや独BMWなど欧米メーカーが中国で生産した車両を除き、中国EV大手の欧州市場での販売シェアは約10%に上っている。

EUが12日発表した追加関税は、この中国EVの流入を抑え、域内メーカーのEV競争力を保つ狙いだ。現行10%の関税に最大38%を加えるのは7月の予定で、その後、中国EVの価格は同型の欧州製に近い水準となる。比亜迪(BYD)など中国大手は関税を避けるためにEU域内や第三国での生産を計画しており、中国からの輸入は減る見通しだ。

独自動車エコノミストのマティアス・シュミット氏は今後、低価格の欧州製が販売されることから「中国EVの欧州市場でのシェアは2030年でも12%に届かないだろう」と見通す。中国EVの欧州市場での存在感は高まらないとの指摘が出てきた。

中国EV、本国では「生産能力過剰」の懸念

一方、主力輸出先の欧州からEV流入をブロックされた形の中国には、EVの生産能力が過剰になっていくとの懸念がある。

EVとプラグインハイブリッド車(PHV)など「新エネルギー車」の生産台数は23年は960万台だった。25年には8割増の1700万台前後になるとの見通しだ。

一方、中国メディアによると、車各社や各地方政府の計画を合算した場合、同じ25年の新エネ車の生産能力は3600万台規模に達するとの見方がある。市場予測を基にした生産台数見通しと比べると、2000万台近くの能力が過剰となる試算だ。

「つくりすぎ」が実際に顕在化していけば、それだけ輸出圧力も高まる。ある地方政府幹部は「実際に工場が増えるかは不透明だが、新エネ車で世界市場をリードするために世界での拡販に力を入れる方針は不変だ」と話す。

輸出先、最有力は東南アジア

では、中国製EVはどこに向かうのか。100%の制裁関税に加え、中国EVには補助金を支給しない流入阻止策を採る米国は欧州以上にハードルが高い。最有力となるのは距離が近い東南アジアだ。23年の時点でアジアへの輸出台数は全体の43%で、欧州と並ぶ二大地域だ。

23年秋、EUの執行機関である欧州委員会が安価な中国EVの流入拡大は中国政府による補助金が問題とみて調査を始めた時点から、中国の自動車大手は欧州よりも東南アジア市場に注力する姿勢を鮮明にしていた。

海外販売に本格的に乗り出した国有大手、重慶長安汽車は23年11月にタイで、輸出したEVの現地発売に踏み切った。

新規の開拓先は南米

現状では輸出全体の3%にとどまるものの、新規の開拓先として浮上しているのは南米だ。1〜5月のブラジルでのEV販売台数は2万5700台で前年同期と比べ9倍に増えた。そのうち9割弱をBYDや長城汽車といった中国勢の輸入車が占める。

約1年前にBYDのEVを購入した弁護士のホドリゴ・フレイタスさん(42)は「EVは環境に優しい。特に中国車は最新のテクノロジーを搭載し魅力的だ」と話す。現地EV市場は立ち上がったばかりだが、ブラジルEV協会は「EVの新車販売シェアは今年10%に達する」と見込む。中国EVはそこで存在感を高めている。

これまで輸入EVに関税をかけていなかったブラジルも1月から10%を課すようになった。自国への投資呼び込みを進めるためでBYDなどが現地生産計画を進めるが、当面は並行して輸入も増える可能性がある。

欧米は低価格・低コストの中国製EVへの警戒から、自国産業の保護に追われるかたちとなった。その余波で中国EVが東南アジアや南米に流れ込み、同国メーカーが販売シェアを握ることになれば、代償として、新興国での競争で後手に回りかねない。

(フランクフルト=林英樹、北京=多部田俊輔、サンパウロ=水口二季、ニューヨーク=川上梓)

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