シーゲイトは24年に容量30TBのHDDの量産を始める(写真:同社提供)
処理速度が速いソリッド・ステート・ドライブ(SSD)にシェアを奪われてきたハードディスク駆動装置(HDD)が土俵際から復活しようとしている。記録容量を大きく増やす革新技術が実用化の段階に入った。生成AI(人工知能)の普及などでデータセンター向け記憶装置の需要が急増するタイミングと合致し、HDD市場は再び成長軌道に乗ろうとしている。

「ディスク1枚当たりの記録容量は、これまで2.4テラ(テラは1兆)バイト(TB)だったが、今年3TBに、2025年は4TB、さらに28年ごろに5TBへ急増する」

米大手HDDメーカー、シーゲイト・テクノロジーの日本法人、日本シーゲイト(東京・品川)の新妻太社長は今後の見通しをこう話す。さらに8〜10TBにする研究も進めているという。HDDには日本メーカーが関わっている部品・素材も多く、市場の再拡大は日本にとっても追い風になる。

シーゲイトが導入する新技術は「熱アシスト記録(HAMR=ハマー)」と呼ばれる。HDDの記録密度を高めるためには、ディスクの磁性粒子を小さくする必要があるが、そうするとデータ記録後の保持が難しくなる。HAMRはレーザー光を使い、ディスクを一時的に加熱することで、この課題を乗り越えられるという。

シーゲイトがHAMRの開発に取りかかったのは00年代初頭。原理は業界でも知られていたが、記録媒体の研究やセンサーの開発など多様な技術開発を長期にわたって行ってきた。同社は24年6月までに1枚の記録容量が3TBのディスクを10枚搭載したHDD(容量計30TB)を100万台生産する予定で、大容量品の量産化で競合他社を引き離しにかかる。

HDD活躍の舞台はデータセンター

かつてパソコンなどの記録媒体の主役だったHDDは、ここ10数年余りで、データの書き込み・読み出しが速いSSDに急速に取って代わられてきた。市場調査会社のテクノ・システム・リサーチ(TSR、東京・千代田)によると、デスクトップパソコン用の記録媒体では16年にはHDDが90.5%を占め、SSDは9.2%にすぎなかったが、20年に両者のシェアは逆転し、23年はSSDが87.5%、HDDは11.9%だった。

ノートパソコンでは、一足早く18年にSSDがHDDを上回り、23年は94.5%をSSDが占めた。同様に「クラウドに使うサーバー用の記憶装置でもSSDにかなり置き換えられてきた」(TSRアシスタントディレクターの楠本一博氏)。

かつてのフロッピーディスクのように記録媒体としての役目を終えていくのかと思いきや、大容量化の新技術によって息を吹き返そうとしている。大容量化するHDDが活躍する舞台となるのは、「ニアライン」と呼ばれるデータセンター用などの記憶装置だ。

この分野ではデータの読み出しなどの速度がサーバー用ほど速くなくてもよく、記録容量の大きさやコストの低さが重視されることから、HDDがまだ優位を保っている。

HDDの記録容量が2倍になるということは「同じ専有面積でデータセンターの記録容量を2倍にできる」(日本シーゲイトの新妻社長)ことを意味する。データ量1ビット当たりで見たデータセンターの建設・運用コストや消費電力は大きく下がり、データセンター投資が促進されることにもつながりそうだ。

大容量化技術が実用化の段階に入ることで、データセンター用ではHDDはSSDより高いシェアを維持していくというのが業界の一般的な見方となった。シーゲイトに対する投資家の評価も一変し、22年末に1株50ドル台前半で推移していた同社の株価は足元で100ドル近くまで回復している。

ソニーは半導体レーザーで貢献

データセンター市場を意識したHDDの大容量化の技術開発は、HAMR以外でも進んできた。

東芝は、記録時にマイクロ波を使うことでデータを書き込みやすくするマイクロ波アシスト記録(MAMR=ママー)と呼ばれる技術を00年代後半から開発してきた。「24年夏にはディスク1枚当たり2.8TBまで記録容量を拡大する」(東芝デバイス&ストレージの楠本辰春ストレージプロダクツ設計生産統括部ゼネラルマネジャー)

東芝はマイクロ波を使う大容量HDDの量産化で先行(写真:同社提供)

さらに同社は「MAMRと並行してHAMRの開発もここ5〜6年進めてきた」(竹尾昭彦ストレージプロダクツ事業部技師長)という。25年にはテストサンプルの出荷を始めるといい、先行するシーゲイトを追う構えだ。

日本企業にもHDD大容量化の恩恵は及ぶ。例えば、ソニーグループのソニーセミコンダクタソリューションズ(神奈川県厚木市)は、熱アシスト記録技術に使う基幹部品の半導体レーザーを開発した。

容量拡大のために「ナノ(ナノは10億分の1)メートル級の照射精度を実現する技術開発に努力してきた」(谷口健博アナログデバイス製品部統括部長)という。24年、タイ工場に生産ラインを新設し、既存の生産拠点である白石蔵王テクノロジーセンター(宮城県白石市)と合わせて5月には生産量を数倍に引き上げるという。

HDDに組み込まれる回路基板で高いシェアを持つ日東電工にとっても収益機会が拡大する。とはいえ「大容量化は回路の配線密度が上がるなど、要求精度は高くなる」(篠木佳史ストレージ回路材事業部長)だけに、技術開発力が改めて問われる。

日東電工はHDD向け回路基板で高いシェアを持つ(写真:同社提供)

社会のデジタル化が進み、AIも普及する中、世界で創出・利用されるデータは飛躍的に増えている。技術革新によって息を吹き返そうとしているHDDは、そうした膨大な量のデータが行き交う社会を支えるインフラの一翼を担うことになる。

(経済ジャーナリスト 田村賢司)

[日経ビジネス電子版 2024年4月2日の記事を再構成]

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