賃上げには労働生産性の向上が必要――。そんなふうに言われて久しいが、本当にその通りなのだろうか。厚生労働省が2023年9月に出した報告書「労働経済の分析」からは、経済学の教科書通りには進んでこなかった日本経済の姿が浮かび上がる。
1996年から21年までの1人当たりの実質労働生産性と実質賃金の伸びを比較したところ、生産性はじわじわと上昇していたが、賃金は伸び悩んでいた。両者がほとんど同じ勢いで伸びた米国とは状況が大きく異なる。ドイツは両者に開きのあった時期が続いたものの、20年ごろに賃金が追いついた。
第一生命経済研究所の星野卓也・主席エコノミストは「政府は00年代、生産性が上がれば賃金も上がるという前提で政策を実施した。その結果、企業は以前より稼げるようになったが、その富が労働者には回ってこないという状況が起きてしまった」と指摘する。
資本をどれだけ効率的に使って利益を上げられたかを測る株主資本利益率(ROE)重視のコーポレートガバナンス(企業統治)改革が行われ、企業が増配など株主還元を優先させたこと、日本全体では人手が足りており、労働者側の交渉力が弱かったことなどが理由に挙げられるという。
だが、現在は「人手不足倒産」が増加するなど、多くの産業で人手確保が大きな課題になった。星野氏は「生産性を上げてから賃金を上げるという従来の順番を、政府もひっくり返して考えるようになった」とみる。
人手不足に対応するため、まず賃金を上げ、その人件費の増加を一定の範囲に収める必要から省力化投資を行ったり、より稼げるビジネスにシフトしたりして生産性を高めていくという道筋だ。星野氏は「賃金と生産性が上がる循環が回れば、成長する分野に人材が集まって経済の『新陳代謝』にもつながる」と話す。【中島昭浩】
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