人気アニメ「Dr.STONE」の演劇を披露するPOW!のメンバー(6月28日、独西部デュッセルドルフ)

日本のアニメがドイツで独自の進化をみせる。自分たちでオリジナルの脚本や衣装、小道具などをつくり、演劇・ミュージカルを客前で披露する二次創作の「ショーアクト」が人気を博す。サブカル文化の受容にも真面目なドイツならではの単なる模倣を超えたアプローチが日本アニメの新たな楽しみ方を示している。

6月28日、独西部デュッセルドルフで開かれた日本アニメイベント「ドコミ」のメインステージ。日本から招待されたプロのアニメソング歌手に続いて登場したのが、素人の演劇グループ「POW!」だった。

人類が滅んだ3700年後の世界で、現代の知識と材料を組み合わせて生き残りを図る人気アニメ「Dr.STONE(ドクターストーン)」。その主要キャラクターに扮(ふん)した演者たちが激しいダンスと歌、芝居を1時間半にわたって披露した。

苦労して作り出したアイスクリームをコミカルに奪い合うシーンは会場が笑いの渦に包まれた。「稽古の成果をすべて出し尽くした。たくさんの人に見てもらってとても幸せ」。POW!のメンバー、クラサさんは終演後、息を弾ませながら語った。

「あさぎりゲン」役としてダンスを披露するクラサさん㊨

独東部ライプツィヒを拠点とするメンバー12人はそれぞれ仕事を持ち、休みの日や就業後の時間を準備に充ててきた。半分を白髪にした派手なヘアスタイルからは想像がつかないが、クラサさんは税務署職員だ。「普段とのギャップは大きく、職場の誰も気づかないと思う」と笑う。

テントや着ぐるみなど小道具もメンバーで分担しすべて手作りした。対面での稽古は2週間に1度のみ。昨年10月から始め、半年でセリフや演出を完璧に覚え込んだ。クラサさんはショーアクトの魅力について「大好きなアニメの世界に入り、自分たちのアイデアで拡張できる」と話す。

日本アニメイベント「ドコミ」を設立したベンジャミン・ショルテさん㊧

3日間で18万人以上を動員したドコミ。2009年に立ち上げたベンジャミン・ショルテさんは自らもショーアクトの舞台に立つ。「ショーアクトは皆が一体となって楽しめる、イベントになくてはならないコンテンツ」と語る。POW!のような日本アニメ専門の素人演劇グループは独国内に100以上生まれた。コンテストが頻繁に開かれ、勝ち残ったグループがドコミのような大舞台で演じる権利を得られる仕組みもできた。

そもそも欧州での日本アニメ人気の火つけ役はドイツではなくフランスだった。1970年代、永井豪原作のロボットアニメ「UFOロボ グレンダイザー」(仏題「ゴルドラック」)が放映され、高視聴率を記録した。

日本アニメは当時、1話あたりの制作費がフランスの約70分の1と安く、ゴルドラックの成功後、仏放送局が次々と買い付けに走った。人気を決定づけたのが90年代に放送された「美少女戦士セーラームーン」と「ドラゴンボール」。今でもフランスはコスプレ関連のイベントで他国を圧倒する。

隣国ドイツに日本アニメが本格流入したのは90年代以降のことだ。それ以前も日独合作などで「小さなバイキングビッケ」「アルプスの少女ハイジ」などが放送されていたが、ドイツ人に日本アニメという認識はなく、しかもあくまで小さな子供向けコンテンツという扱いだった。

2000年代から動画配信サイトが多様な日本アニメを流すようになり、ファン層は大人にも広がった。同時期、ドイツでもコスプレがブームとなったが、そこから発展してショーアクトが生まれたのにはいくつか理由がある。

ドイツでもアニメやゲームキャラクターのコスプレは人気だ

ドイツ文化に詳しい国際交流基金ケルン日本文化会館の近藤未佳事務局長は「趣味の世界であってもドイツ人は文化を消費ではなく、真面目に受容する傾向が強い」と指摘する。世界観を議論し、台本から衣装まで用意するショーアクトはその典型で「とことんまで作り込んだ二次創作が独自に発展した形ではないか」と語る。

ドイツの都市や文化、名前をモチーフにした日本アニメが多い点も大きい。「進撃の巨人」「葬送のフリーレン」「MONSTER」などが代表例だ。特に進撃の巨人の設定は円形の城壁に囲まれた独南部ネルトリンゲンがモデルで、「イェーガー(独語で狩人の意)」「アッカーマン(農民の意)」など独語の名前が頻出する。主題歌にも独語の歌詞が使われる。ドイツ人にとって身近でイメージを膨らましやすいこともショーアクトを盛り上げる要因となった。

日本政府は6月「新たなクールジャパン戦略」を発表し、33年までに海外展開を50兆円規模に高める目標を掲げる。日本からの一方的な売り込みだけでなく、海外で育まれた独自文化を後押しする多角的な取り組みも必要になる。(フランクフルト=林英樹)

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