カンボジアの中央銀行デジタル通貨「バコン」にソラミツ(東京・渋谷)の技術が採用されている。多くの商店や飲食店、タクシーなどでQR決済が利用できる(写真=ソラミツ提供)

欧米列強による植民地支配がアジア全域に及ぼうとしていた19世紀後半、明治国家として近代化の道を歩み始めた日本と東南アジアの経済関係は支配する側とされる側という構図でスタートした。

石油や天然ゴム、砂糖といった資源や原料を東南アジアで調達し、日本で加工して消費し、余剰品を東南アジアで売りさばく──。日本が「大東亜共栄圏」の建設を掲げて東南アジアを占領した時代を経て、第2次世界大戦後も両者の「主従関係」は続いた。

戦後に高度成長を果たした日本はアジア随一の先進国として、東南アジア各国に政府開発援助(ODA)を供与。企業もまた、製造業を中心に直接投資でサプライチェーン(供給網)を構築した。

戦後の日本が東南アジアのインフラ整備や人材育成、産業振興に貢献してきたことは間違いないが、圧倒的な経済格差もあって、経済的後背地という東南アジアの位置づけは変わらなかった。

こうした歴史もあり、日本人は「日本が教え、東南アジアは教わる」「日本が先を行き、東南アジアは後を追う」といったような思考に陥りがちだ。

変わらない意識、数十年も前のまま

だが両者の力関係は大きく変わっている。国際通貨基金(IMF)の予測では、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の名目GDP(国内総生産)の合計は2026年に4兆8000億ドルを超え、日本を追い抜くとされている。しかし、この客観的事実を正面から受け止めている経営層は日本企業において依然、少数派だろう。

日本貿易振興機構(ジェトロ)のシンガポール事務所が22年にまとめた「東南アジアにおけるイノベーション創造活動に関する調査」の報告書は、その冒頭で日本企業が生産拠点としてばかり捉えがちな当地が、世界的にはイノベーション創出拠点へと位置づけを変えていることを強調している。

「日本の大企業の経営層の意識を変えたかった」。執筆者の一人で、シンガポールに拠点を置く投資会社クロスキャピタルの創業者である中村貴樹氏は報告書に込めた思いをこう口にする。「何となく下に見たり、安い労働力という視点だけで見たりと、東南アジアに対する認識が何十年も前のままであることに危機感を覚えている」

日本の新興が国家プロジェクト

これまで見てきたようにトヨタやホンダ、味の素も現地で新たな事業モデルに挑んでいる。「日本よりも遅れた東南アジア」という時代遅れの色眼鏡を外せば、新たなビジネス機会が目の前に広がっている。カンボジアが世界に先駆け20年10月に発行した中央銀行デジタル通貨(CBDC)「バコン」を技術的に支えるスタートアップのソラミツ(東京・渋谷)が好例だ。

ソラミツはブロックチェーン(分散型台帳)技術でIBMやインテルといった米大手IT(情報技術)にも劣らない評価を受けていたが、新技術の採用に及び腰な日本では日の目を見ることがなかった。それがカンボジアで一大国家プロジェクトを担っている。バコンの保有者数は22年末時点で850万人を上回り、加盟店は150万店を超えている。

競合の欧米IT企業の多くが、現地駐在員による対応や営業担当の派遣で済ませる中、打ち合わせの段階から最高経営責任者(CEO)をはじめとする幹部が現地に長期滞在し、ヒアリングを重ねたことが採用の決め手になったという。

経済産業省大臣官房参事でアジア大洋州地域を担当する石川浩氏は「市場が拡大しようとしているASEANには、スタートアップが活躍する余地が多い」と話す。政府や財閥系企業の間にもスタートアップの力を借りて、新領域を開拓しようという意欲が強いという。

エネルギー分野でも日本とASEANの新たな時代を感じさせる動きが広がっている。

国際協力銀行(JBIC)は22年、マレーシアの国営石油会社ペトロナスと脱炭素に向けた協力の覚書を締結した。これはペトロナスと日本企業とが、水素・アンモニアのバリューチェーン構築や二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)での協業を促進するものだ。

ASEANでの活躍の期待されるアンモニア燃料運搬船のイメージ。26年11月に引き渡し予定(写真=IHI提供)

国際エネルギー機関(IEA)によると、10年時点で東南アジアの電力需要は607テラワット時で、日本の1017テラワット時を下回っていた。しかし人口増加と経済成長に伴って21年には1037テラワット時となり、934テラワット時の日本を逆転した。

石油や天然ガスを東南アジアで調達して日本に運ぶ従来型のビジネスが頭打ちとなる一方、エネルギー需要が今後も伸びるASEANでは新たな商機が生まれている。

30年までに米国、中国、インドに次ぐ世界第4位の経済圏になる見通しのASEAN。築いた牙城を「守る」のではなく、今の優位性を生かして新たな価値を創るという意識が日本企業には欠かせない。

「後背地」の発想捨てパートナーに 神奈川大学法学部教授の大庭三枝氏に聞く



アジア政経学会理事。東京理科大学工学部教養教授を経て2020年4月から現職。アジアを中心とした国際政治学が専門(写真=陶山勉)
 第2次世界大戦前から東南アジアは日本の「経済的後背地」として位置づけられ、新たな市場や資源を求めて企業が進出しました。今もそのイメージが残っている人は多いでしょう。
 東南アジアへの戦後賠償、経済協力の中で中心になったのが、現物賠償です。日本の自動車を送り、新たな建物を現地に建てることにも、日本企業が携わる。贖罪(しょくざい)意識による賠償ではありますが、結果的には輸出振興です。日本企業の宣伝にもつながった。利権を持っていた政治家がサイクルを回していた面もあります。ただ、それも政治家の世代交代や政治の透明化の中で、東南アジアと日本の架け橋になる人も少なくなりました。
 東南アジア経済において、中国の経済的・政治的影響力は常態化しています。しかし、中国だけがパートナーになることに危機感を覚える政府関係者も多い。今は中国企業が選ばれる傾向にあっても、日本企業にチャンスが無いわけではありません。
 東南アジアの経済・政治のエリートになるような若者は欧米の大学に留学し、人脈をつくる。接点を持つために、そういった大学に日本の学生を送り込み、ネットワークを築くことも重要です。
 日本と深く関わってきた歴史があり、安定的に関係を築いてきた地域は東南アジア以外にありません。日本経済が伸び悩む中、他の国との協力は不可欠です。後背地という発想を捨て、相手の経済発展に資する、対等なパートナーとしてビジネス関係を築いていくことを政府や日本企業は考えていくべきでしょう。

(日経ビジネス 齋藤徹)

[日経ビジネス電子版 2024年4月26日の記事を再構成]

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