「欧州連合(EU)の理想主義は死んだ」。6月の欧州議会選後、悲観的、あるいは冷笑的な言説に触れる機会が増えた。
むろん「脱炭素」「人権」など進歩的な規範・制度づくりを軸に多国間協調を図る、EUの基本理念を全否定した右翼・極右政党の躍進が背景にある。
理想主義的な政策は最近、綻びが目立っていた。代表例が防衛だ。ESG(環境・社会・企業統治)を順守するあまり、欧州投資銀行(EIB)は域内の防衛産業を「持続可能性がない」と分類。融資対象から外し、米国の軍事力に頼った。
ロシアのウクライナ侵略を許し、慌てて防衛強化にかじを切ったが、分類があだとなり中小企業やファンドは今も投融資に二の足を踏む。「気候変動の観点から防衛を捉えるべきではない」。EIB副総裁を2年半務めたフィンランドのストゥブ大統領ですらESG規制を「理解しがたい」と批判する。
ただEUが多国間協調を捨て、大国のパワーと国益を重視する現実主義に振れると結論づけるのは早計だろう。確かに2035年のエンジン車の販売禁止を決めた後、大国ドイツの意向を踏まえ、合成燃料の利用に限り販売継続を認めた。
2期目が決まったフォンデアライエン欧州委員長は18日、あくまで合成燃料は例外措置だと強調した。政権安定のため環境政党に配慮した点を割り引いても、温暖化ガス排出ゼロを目指す理念は変わらない。
独シンクタンク、外交問題評議会の元主席研究員、ベンジャミン・タリス氏は理想主義の失敗を踏まえ「価値や理念を徹底的に守り、広げることに特化した『新理想主義』が主流になる」と説く。
揺らぐEUを横目に、企業はしたたかに現実主義的なアプローチを貫く。
21年、新たな車台開発を発表した欧州ステランティス。EUの電気自動車(EV)一辺倒の戦略を踏まえ、当初は「EV向け」と説明していたが、需要が失速するとプラグインハイブリッド車(PHV)などエンジン車にも使えることを明らかにした。
カルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)は「マルチエネルギー車台戦略で予測できない状況にも適応できる」と胸を張る。
EVシフトを強調してきた独BMWは水面下で、水素を使った燃料電池車(FCV)開発を続ける。ライバルが乗用車から商用車に開発主体を移すなか、乗用車向けFCVの本命に浮上する。
対照的に、トヨタ自動車はEVだけでなく多様な環境車をそろえる「マルチパスウェイ(全方位戦略)」を公言してきた。異なる理想主義でEUと対立し、EVに後ろ向きだと環境団体や投資家にたたかれた。
政治学者の丸山真男氏は、権力が選択した方向を所与の既成事実として妄信することは真の現実主義でないと指摘した。時に面従腹背に見えるかもしれないが、政治が高邁(こうまい)な理念を示し、企業が妥当な着地点を探る。
EUの歩みには常に理想と現実、両主義のわだちが交錯する。単純な二項対立でとらえると見誤りかねない。
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