4500円の「CLASS A」(奥)と6500円の「CLASS S」(手前)。「CLASS S」は座席前の通路幅が広く、思い切り脚を伸ばすことができる(写真=鈴木愛子)

2023年4月に開業した東京・新宿の高層複合ビル「東急歌舞伎町タワー」。9〜10階の「109シネマズプレミアム新宿」は、全席プレミアムシートを導入したシネマコンプレックス(複合映画館)だ。その料金は、通常席の「CLASS A」で4500円、ワンランク上の「CLASS S」は6500円もする。今までの映画館の常識を覆す強気の価格設定で話題を呼んだ。

運営を手掛ける東急レクリエーション(東京・渋谷)は、全国20カ所にシネコン「109シネマズ」を展開しているが、全席プレミアムシートの導入は初めて。しかも新宿は2000円前後で映画を楽しめる映画館の激戦区だが、高級路線に振り切り、競合の2倍以上の価格で勝負に出た。

廣野雄亮支配人は「価格が高くてもラグジュアリー感を楽しみたい顧客は多い」と話す。利用者の多くは映画のコアなファンや、落ち着いた空間でゆっくりと映画を楽しみたい高収入層という。

利用者の一定割合を共働きで財布にも比較的余裕のある「パワーファミリー」が占めている可能性がある。野村総合研究所の調査では、「趣味・レクリエーション関連」に積極的にお金を使いたいとした世帯年収1500万円以上の比率は全所得平均を上回る。貴重な息抜きの時間にお金を惜しまない。

記者は「109シネマズプレミアム新宿」に入ってみた。入り口を抜けると、高級ホテルのロビーを思わせるラウンジにつながる。

坂本龍一氏のBGMがお出迎え

ラウンジは映画上映1時間前から利用でき、ポップコーンやソフトドリンクを自由におかわりできる。併設されたバーでは別料金でアルコールやフードを楽しめる。ラウンジ内では音楽家の坂本龍一氏が「109シネマズプレミアム新宿」のためだけに書き下ろした館内BGMが流れており、非日常的な空間が広がっている。

ゆったり座れるソファが並ぶラウンジ(写真=鈴木愛子)
ラウンジにはバーも併設されている(写真=鈴木愛子)

全部で8カ所あるシアターも高級感が売りだ。全シアターの中央列に配置されている「CLASS S」(6500円)は、周囲が気にならないプライベート感のある革張りシート。電動リクライニング機能や充電装置付きサイドテーブルも完備している。一般的なシートの2.3倍程度の広さで、ゆったりと鑑賞できる。

シアター内の音響も坂本氏が監修。最新の「RGBプロジェクター」が導入されており、高い没入体験が売り物だ。

6500円のチケット購入者だけの特典もある。新宿のビル群を一望しながらお酒が飲めるプレミアムラウンジ「OVERTURE」も利用できるのだ。

新宿の街を一望できるプレミアムラウンジ(写真=鈴木愛子)

集客は好調だ。しかも廣野氏は「6500円のシートの稼働率の方が4500円のシートよりも高い」と話す。「109シネマズの戦略は、家庭では決して味わうことのできない映画館ならではの鑑賞体験の追求に尽きる。特別な上映環境はその最たるものだが、ハード面・ソフト面両方で、映画鑑賞体験の価値や特別さをいかに感じてもらえるかが勝負どころだ」(廣野氏)

「109シネマズ」が初めて高級路線を打ち出したのは15年。高級住宅街として知られる二子玉川の店舗「109シネマズ二子玉川」(東京・世田谷)で、1席3000円の「エグゼクティブシート」を全シアターに導入した。また、14席限定で1席6800円(15年当時の料金は6000円)の「グランドエグゼクティブシート」をつくった。

すると、いつもよりリッチな気分で映画を楽しめる空間が、二子玉川の富裕層の心をつかんだ。当初の予想以上に高級シートのチケット売り上げが好調で、新宿でも勝負に出た。

主要映画館の5割が値上げ

帝国データバンクが実施した映画チケットの価格動向に関する調査によると、主要映画館50社の半数が23年に値上げに踏み切っている。

22年までは1800〜1900円がチケット料金の平均的な相場だったが、2000円時代に突入した。月額で見放題のサブスクリプションサービスがネットを通じて浸透しているため、設備や演出でプレミア感を出すなどの「映画館でしか体験できない付加価値をどう提供できるのか」の重要性が増していることが背景にある。

値上げの波が「モノ」から「サービス」へと広がる中で、ラグジュアリーな鑑賞体験の提供を通してサービス価格を引き上げる環境は整いつつある。映画館以外のサービス業界でも、大胆な価格戦略に打って出る企業が続きそうだ。

(日経ビジネス 藤本莉早)

[日経ビジネス電子版 2024年5月9日の記事を再構成]

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