最高財務責任者(CFO)に連なる組織と各事業部門の連携を促進させ、財務・経理の機能を強化し、関連人材の育成にもつなげる──。こんな一石二鳥の施策として注目されているのが「FP&A(ファイナンシャルプランニング&アナリシス)」という職種の導入だ。

日本の大手企業では事業部ごとに経理や財務の担当者を抱えている事業部制組織が少なくない。ただ、この体制はCFOが全社を見渡せる組織とは言い難い。経営層の戦略浸透にも、現場からの情報伝達にも時間を要する組織体制だからだ。これでは当然、意思決定も後手に回りがちだ。

こうした課題を解決するために有効な手段とされるのがFP&Aの導入だ。FP&AはCFOの傘下に置かれる「CFO室」のような存在で、各事業部門の課題や状況をCFOに伝達し意思決定をサポートする。事業部門のトップにとっては計画立案・管理の伴走者であり、CFOのいる本社サイドと事業サイドの橋渡しを担う。

ただ、こうした体制を整えるのは容易でない。まず、CFOとFP&Aが策定する財務戦略が現場にそのまま浸透するとは限らないし、事業部にいる人材を本社サイドへ異動させる際、現場の抵抗が起きることが考えられるからだ。

FP&Aは各事業部の伴走者的役割を果たしつつ、CFOのいるコーポレート側と事業部の橋渡しを担う

大手会計事務所のKPMGジャパンが上場企業のCFO・経理財務部門責任者を対象に302社から有効回答を得た「CFOサーベイ2023」によると、「FP&Aの機能強化に取り組んでいるか」という質問に対し、56%は「関心はあるが、具体的な取り組みを進めていない」と回答した。多くの経営者が、財務組織の機能強化に悩んでいる状況がうかがえる。

上場企業の多くがFP&Aの導入など財務組織の機能強化に苦心している

CFOの戦略を実践できる組織に変革

こうした取り組みを着実に推進している一例がNECだ。2018年からCFOを務め、21年に社長に就いた森田隆之氏の下で「長期利益の最大化、短期利益の最適化」を旗印に、全社一丸となった財務戦略の浸透に乗り出した。

FP&Aの導入もその一環だ。23年4月から全社的に取り入れた。現在はNEC本体に約500人のFP&Aがいる。だが、その導入がスムーズに進んだわけではない。

かつてのNECでは予算策定の主導権が事業ライン(ビジネスユニット)側にあった。この体制を森田氏はCFO時代に変革した。

まず、予算の策定・管理を担う「事業計画(事計)」担当者の直属の上司を、各ビジネスユニット長からCFOに変えた。これにより、コーポレート側が主体となって予算を策定できるようになり、予算の素案をビジネスユニットと協議する体制へと変わったのだ。

NECの森田隆之社長兼CEOはCFO就任時、CFOが全社の財務戦略の指揮を執れる組織への変革を推進した=的野弘路撮影

そして、23年にはビジネスユニットに所属していた事計をコーポレート側に移管し、FP&Aを立ち上げた。「現場からは少なからず戸惑いの声も聞かれた。それを払拭するため1年かけて話し合いを繰り返した」とFP&Aの部門長を務める青山朝子氏は明かす。

当初は「ビジネスユニットからコーポレート側に伝えづらい情報もある。それらをFP&Aが報告するような体制が本当に構築できるのか」「FP&Aがビジネスユニットでの信頼を失えば、コーポレート側のスパイ扱いされるのでは」といった懸念が示された。これに対して青山氏は、コーポレート側が情報を把握してこそ課題を共に解決できると訴え続け、理解を得た。

一連の改革を振り返って、森田氏はこう語る。「予算の策定・管理は、全体最適を考えているCFOが主導すべきものだ。だから、CFOが全社のファイナンス組織の編成にも裁量権を持つ体制に変えた」。

FP&A導入の鍵 仕組み化と人材の自社育成

NECよりも早く同様の取り組みを始めているのがグリーだ。同社では19年から各事業部に「ビジネスカウンセル」というFP&Aに当たる職種の人材を配置した。予算策定や計画の立案を担当する。事業部をサポートしながら、CFOにも事業の損益などをリアルタイムで報告する。いわばコーポレート側と事業部の橋渡し役である。

ビジネスカウンセルの導入を主導したのは、ヤフーのCFOを務めた経験がある大矢俊樹取締役・上級執行役員・CFOだ。

グリーの大矢俊樹CFO。ヤフーでもFP&Aに当たる「ビジネスカウンセル」の仕組みを導入した

NECと同様、グリーでも各事業部に予算策定や計画を立案する担当者がちらばっていたが、これをCFO傘下の経営企画部にまとめ、各事業部にビジネスカウンセルとして配置した。

導入に当たっては2つのポイントがあった。一つは人材の確保だ。各事業部にいた人員をビジネスカウンセルに配置換えする際、本社側の都合を押しつけるだけでは反発が起きる可能性がある。そこで大矢氏は「複数の事業部を経験することは、当人たちのキャリア形成になる」と強調し、事業部側の理解を求めた。

またビジネスカウンセルのメンバーには、以前から社内にいた人材を登用することにもこだわった。「うまく機能させるには社内での関係性があることも重要だ」と大矢氏はその理由を語る。

新たな仕組みはそれを導入するだけでは回らない。CFOとFP&Aが立てた戦略に、事業部が納得してくれなければ絵に描いた餅に終わってしまう。FP&Aが機能する組織づくりとしてNECとグリーの事例は示唆に富む。

(日経ビジネス 神田啓晴)

[日経ビジネス電子版 2024年5月15日の記事を再構成]

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