「メキシコ人の友人は先日、『安いから』と日本に遊びに行ったよ。何せこっちの物価が高騰しているからね」
2月中旬、メキシコ在住の日本人駐在員は、こう言ってため息をついた。「もはやメキシコ人が日本に出稼ぎに行く時代は終わった」。新型コロナウイルス禍に、世界を覆ったインフレとドル高。好景気が続くメキシコは、円安に苦しむ日本人駐在員の悲鳴などどこ吹く風だ。
2023年、メキシコは米国への物品の輸出額で、20年首位だった中国を抜きトップに躍り出た。通貨ペソも強く、2月中旬時点で1ドル17ペソ台。新型コロナ発生直後は25ペソ弱だった。
経済の成長力もある。人口は1億2670万人で日本とほぼ同じ。経済データを扱う英ワールド・エコノミクスによると、23年の購買力平価ベースの国内総生産(GDP)は3兆6420億ドル(約546兆円)で、フランスや英国、韓国より上位の世界第10位だ。過去10年間の成長率の世界シェアは1.3%で、日本の1.5倍だ。
経済成長の源泉は、20年7月に施行された米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)にある。前身の北米自由貿易協定(NAFTA)に比べれば非課税の条件は厳しくなったが、人件費の上昇が続き、深刻な人材不足にある米国に比べればメリットが大きい。
中国を抜き米国の最大輸入先に
特に世界の供給網混乱に見舞われた21年以降、消費大国米国に隣接するメキシコに製造拠点を構える企業が増えた。海外からの直接投資額は23年1〜9月、過去最高に迫る329億ドルを記録。23年通年の対米貿易黒字は1524億ドルだった。
米国近くに生産拠点を置く「ニアショアリング」。この動きに今、異変が起きている。欧米や日本が中心だった顔ぶれが今、中国に取って代わられているのだ。
地の利を生かすテスラ
米テキサス州に面する北東ヌエボレオン州にある、メキシコ第2の都市モンテレイ。その中心部から西に車で約1時間。ゴツゴツとした岩山に囲まれたサボテンの大地の向こうに巨大な工場群が見えてきた。
高速道路を降りるのかと思いきや、数分、さらに荒野を進んだところで降り、メキシコ人の運転手が路地に車を止めた。「君が来たかった場所に着いた」
山をはうように張り巡らされた白い壁に、赤茶の鉄格子の門。壁の中から外へとコンクリートむき出しの排水路が敷かれている。車を降りて門の前まで行ったが、人けが無い。本格的な工事はまだのようだ。鉄格子の向こうをのぞくと舗装された道路が山へと延びていた。
ここは米テスラが建設中の電気自動車(EV)組み立て工場「ギガメキシコ」。イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が23年3月に正式に発表してから、地元の注目を一手に集める「期待の星」だ。
「今日は霧で見えないが、工場が建つ予定の場所が天気が良ければ小高い丘の上に見える」と運転手が言った。完成すれば、町の至る所から見える日本の城のような雰囲気になる、と想像してみた。
地図を見ると、テスラがこの地を選んだ意図が見えてくる。北に車で2〜3時間も走れば米国に入る。北西に十数キロ進めば、自動車や建設機械関連のサプライヤーが集積する巨大な工場団地もある。
地元の人たちの話では、モンテレイ近郊には、テスラへの供給を見込んだサプライヤー群がすでに続々と進出しており、工場建設ラッシュに沸いているという。実際、車からも、そこかしこに建設中の工場が見えた。
サプライヤーは報道されているだけでも、サスペンションなどを手掛ける寧波拓普集団や金属精密加工などを行う蘇州東山精密製造などほとんどが中国の企業だ。
自動車関連工場の進出ラッシュに沸くのは今回が初めてではない。1980年代から米ビッグスリーの進出が本格化。直近では2010年代に日系企業の進出が活発になり、19年にはトヨタ自動車の新工場が稼働を始めた。米国への供給基地として「自動車城下町」を築き上げてきた日本勢だが、ここにきて焦燥感が見え始めた。
(日経ビジネス 池松由香)
[日経ビジネス電子版 2024年2月28日の記事を再構成]
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