MBO(経営陣が参加する買収)による非上場化の最前線では、少数株主と経営陣の利害対立が起きる。だが、経営陣と株主の間には大きな情報格差があるため、少数株主は低廉な価格で株式を買い上げられるなどの不利益を被る恐れがある。

こうした問題に対応するため経済産業省は2019年、「公正なM&Aの在り方に関する指針」を策定している。同指針の策定に携わった東京工業大学の井上光太郎教授と、森・濱田松本法律事務所の石綿学弁護士に少数株主保護の在り方について聞いた。

経営者と株主、情報の非対称性の解消を 東京工業大学井上光太郎教授

井上光太郎氏。公正なM&Aの在り方に関する研究会委員。KPMG M&A部門ディレクター、慶応義塾大学准教授などを経て現職。ファイナンス、企業統治論が専門。経営学博士(写真=陶山勉)

MBOで生じ得る問題点として、経営者と少数株主の間の「情報の非対称性」が挙げられる。内部の情報に精通している経営者と少数株主では、企業情報について知り得る内容や質は異なる。経営者が自分の利益を優先して行動してしまえば、少数株主が得られたであろう正当な利益は毀損され、本来株主の委託を受けて経営を行う代理人という役割が機能しなくなってしまう。

MBO実施時に情報格差分の利益をプレミアムとして支払えばよいが、必ずしも十分に確保されていないと思われるケースもある。

情報の格差で生じる不利益を解消するためには、十分に開示する必要がある。将来の収益性や上場廃止後の計画などまで示さなければ、株主はMBO価格が割安なのか、適切なのかを判断することは難しい。

開示の透明性を担保する上で、特別委員会や独立社外取締役が第三者の目として機能することが求められる。株主の利益を代表していることを自覚する必要があり、経営者を追認するだけではいけない。株主側も対話などを通して、経営陣に働きかけていく必要があろう。

22年に東京証券取引所の市場改革が行われ、日本の株式市場も変化し続けている。ステータスのために上場している企業がインデックスの中で足を引っ張るようならば、MBOによって株式を非公開化するほうがよい場合もあるだろう。企業や投資家のそれぞれが最適な形を選べるよう、適切な規律づけが求められる。(談)

「少数株主保護=高プレミアム」ではない 森・濱田松本法律事務所石綿学弁護士

石綿学氏。弁護士・ニューヨーク州弁護士。公正なM&Aの在り方に関する研究会委員(2022〜23年)。国内外のM&A、コーポレートガバナンスなどの案件を取り扱う(写真=陶山勉)

MBOで難しい点の一つが買い付け価格の設定だ。わが国の裁判所は、公正な手続きを経て決定される価格を、原則として公正な価格として尊重する。MBOにかかる少数株主利益の保護の視点は、通常、彼らにどの程度の対価が支払われるかに帰着することが多い。少数株主に公正な対価を支払う必要はあるが、それはとにかく高いプレミアムを支払うことと必ずしも同義ではない。

MBOが不十分な価格で行われることはもちろん問題ではある。一方で、過去には買収価格を高く設定しすぎてしまい、上場廃止後に買収時の借入金を返済できなくなった例もある。そのような状態に陥れば、融資をしていた銀行や債権者は損をし、従業員も離散してしまう。MBOに対して対抗TOBが出され、買い付け価格の引き上げ合戦になることは、価格の公正さを担保する上で望ましいことではあるが、その場合にも限界はある。

東証や投資家などからの要請により、上場維持の負担は増している。上場に価値を見いだせなくなった会社が、企業価値を向上させるための選択肢としてMBOを検討すること自体は、特に問題視すべきではない。

株式を非公開化した場合、上場会社としてのガバナンス(企業統治)体制からは変わり得るものの、シンプルになった株主構造の下、ガバナンスが強化されることが多い。

MBOを実施していく上では、MBOにより真に企業価値を向上させるという目的を有していなければならない。(談)

(日経ビジネス 齋藤英香)

[日経ビジネス電子版 2024年5月24日の記事を再構成]

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