「正直、私たちガチファン(真剣なファン)はチケット代が高くても安くても応援に行きます」。プロ野球のリーグ優勝争いが大詰めを迎えた9月中旬、福岡市に住む30代の青島啓子さん(仮名)は、みずほペイペイドームのバックネット裏でメガホンを握りしめていた。
大転換期を迎えるヒトとモノの今をリポートする<¥サバイバル 令和の「値段」>。今回はダイナミックプライシング(変動価格制)に迫りました。(全4回の第1回)
第2回・「通路側は高い」 プロ野球ソフトバンク 観戦チケット代の決まり方
第3回・「待ち」から「攻め」へ コインランドリーの挑戦 広がる変動価格
第4回・固定価格は「大量生産・消費時代の産物」 進藤美希・東京工科大教授
首位・福岡ソフトバンクホークスと、2位・北海道日本ハムファイターズとの直接対決とあって、観戦に駆けつけたのだ。
青島さんが最近気になっているのは、人気の対戦ほどチケット代が予想できなくなっていること。友人と連れだって観戦するために、同じカードのチケットを買っても購入のタイミングが少し違うだけで、6000円だった席が8000円に上がってしまうことがある。
10万円近い観客席も
優勝争いが関係する試合は、価格の変動が大きくなるようだ。9月下旬の試合で1万5000円だった席が、優勝が決まった後の10月上旬には4000円台に。2万3000円超だった席も、1万円程度の値付けになっていた。
優勝決定が間近だった9月21日の試合は、グラウンド近くの席が10万円に迫る価格に高騰した。
なぜ、これほど大きく値段が変わるのか。ホークスのファンクラブ歴5年という青島さんを戸惑わせているものの正体は、人工知能(AI)が駆動する「ダイナミックプライシング」(変動価格制)。ソフトバンクホークスが導入して5年目になる。
ダイナミックプライシングは、需要と供給の変化に応じて値段を上げ下げする仕組みで、かねて宿泊や航空業界で広く活用されてきた。例えば、ゴールデンウイークやお盆などの繁忙期は価格が上昇し、ピークを過ぎれば下落することになる。
近年は、AIなどデジタル技術の発達で複雑かつ精密な価格パターンを作れるようになり、スポーツ観戦やコンサート、テーマパークの入場料に加え、コインランドリーなど日常的な場面でも使われるようになってきた。
人知を超えて決まる「変動価格」
青島さんはタイミングをつかんで、できるだけ安いチケットを買おうと試行錯誤しているが、いつなら良いのか予想できず、「運次第」とこぼす。
それもそのはず、AIはみずほペイペイドームの約4万席について1席ごとに異なる価格を設定している。今季72試合で、チケット販売は60日間だから、組み合わせは実に1億7000万通りを超える。しかも、価格は1日96回、つまり15分ごとに変動する。人知を超えたところで価格が設定されているのだ。
青島さんがバックネット裏で観戦した試合は、0―3でソフトバンクの負け。それでもリーグ優勝に向けて応援で盛り上げようと、急いで週末にある試合の立ち見エリア券を5000円超で入手した。
安い日だと1000円台の席もある球場だが、価格はもう二の次だ。「変動のおかげでお得に買える日もあると聞くけど、ファンがチケットをほしがる瞬間には、もう値段が上がっているんです」
「牧歌的な時代は終わった」
1990年代には市場規模がほぼ同等だった日米のプロ野球。その後、米メジャーリーグはショービジネスとしての魅力と収益力を高め、今や日米の格差は8倍以上になった。ダイナミックプライシングの導入は、メジャーに近づこうとする試みでもある。
ファンからは「ふらっと『球場に行こうか』という牧歌的な時代は終わった」という声が漏れるが、ダイナミックプライシングを動かしているのは、日進月歩で技術進化を遂げるAIだ。人々の「球場で観戦したい」という気持ちをつかみ、先回りして価格を上下させる仕組みは、どんなふうに構築されているのだろうか。【中島昭浩、久野洋】
大転換期を迎えるヒトとモノの今をリポートする<¥サバイバル 令和の「値段」>。今回はダイナミックプライシング(変動価格制)に迫りました。(全4回の第1回)
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