島田 慎二氏 1970年新潟県生まれ。日本大学法学部卒業後、92年にマップインターナショナル(現エイチ・アイ・エス)入社。95年に法人向け旅行会社を共同設立。2001年に海外出張専門の旅行会社ハルインターナショナルを設立し、10年にリロ・ホールディング(現リログループ)に全株式を売却。12年からASPE(現千葉ジェッツふなばし)代表取締役社長に就任。20年7月から現職(写真=的野弘路)
スポーツクラブ経営は未経験ながら、破綻寸前の千葉ジェッツふなばしを再建して人気チームに。その手腕を買われて、Bリーグの3代目チェアマンに抜てきされた。各クラブの経営力を重視し、世界でも類を見ない改革に挑む。(聞き手は 本誌編集長 熊野 信一郎)

――Bリーグは2023〜24シーズンで過去最高の観客動員と売上高を達成しました。なぜここまで規模を拡大できているのでしょうか。

「成長のベースには、2019年に原案を発表した『B.革新』という構造改革があります。これはBリーグが誕生してから10年という節目のタイミングでビジネスモデルの転換を図るもので、26年から実施します」

「具体的には、競技成績による昇降格を廃止し、事業成績で3つのカテゴリーに分ける仕組みに転換します。入場者数や売上高、リーグが設定した基準を満たすアリーナを用意できるかどうかが評価の対象です」

「つまり各クラブは稼ぐ力や集客力を高め、経営努力をせざるを得ない状況だったわけです」

「それに加えて、沖縄アリーナをはじめとして、アリーナの魅力が伝わり始めていることや、バスケットボールのワールドカップにおける日本代表の活躍もBリーグの成長を後押ししています」

魅力的な投資対象に

「近年はクラブのM&A(合併・買収)が盛んに行われ、上場会社がクラブオーナーとなる事例が増えています。企業がオーナーになることで資本力の増強に加え、マーケティングや社内の業務改善などの経営ノウハウも投下されます。クラブの経営状態の改善にとっても追い風です」

――オーナーチェンジが活発に起きた背景には、何があったのでしょう。

「これも『B.革新』の構想を発表したことで、動きに火がつきました。改革のスピード感や、リーグとして事業採算性を取って稼いでいくというビジネスモデルに共感してもらえました」

「生のライブ感があるコンテンツの価値もある。単なる広告宣伝目的だけではなく、ビジネスモデルとコンテンツバリューの両面を評価してもらえていることが大きいと思います」

――Bリーグにおける企業の役割をどうみていますか。

「1社提供でチームを支える形が実業団とすると、複数の企業の力によって経営の安定化を図っていく仕組みがプロスポーツと考えています」

「B1・B2のクラブは、1クラブ当たり平均200社以上のスポンサーがついている。これが、Bリーグのいいところの一つです」

「大企業がオーナーになっても、その資金のみで成り立つのではなく、売り上げの大半は地元のスポンサー企業やチケット収入で構成されています。クラブが自ら稼ぐ仕組みを成立させれば、オーナーになる企業も安心して投資でき、クラブを所有する投資対効果を株主に説明できます」

「経営に対して貪欲で、自ら稼ぐという姿勢を持ち続けていたからこそ、今の成長があります。M&Aで大きな資本がつき始めたことは、まさに成長の証しです」

オーナーから補塡されれば、クラブの稼ぐ力が弱まる。 経営に対して貪欲だったからこそ、今の成長がある(写真=的野弘路)

「しかし、オーナーがお金を出してくれることが当たり前になってしまえば、稼ぐ力は弱くなってしまいます。長期的にはリーグが主導して、オーナーからの援助の割合を『ゼロ』にすることを目指そうとしています」

「B.革新」はまさに上場制度

――新しいリーグの分け方は、東証の上場制度に似ていますね。

「おっしゃる通りですが、東証が現在の3市場に分かれる前から構造改革は発表していました(笑)。Bリーグはまさに東証のような立ち位置です。ただ、3つのカテゴリーの中でどこを選択するかは自由だけれども、各区分が目指す姿を達成できるように基準がある。まったく一緒ですよね」

「スポーツ産業に限らず、ビジネスは漠然と取り組んでいても成長していきません。一定の基準を設けることで、目指すべき領域にたどり着きたいと思うから新規事業を確立したり、M&Aをしたり、経営努力を重ねるはずです」

「競技成績による昇降格制度では試合の勝敗に翻弄される状態から抜け出せなかったことが、大きな課題の一つでした。負けることへの不安から稼いだお金を選手の強化のために全て投下すれば、ビジネスサイドの投資は進みません」

「今回の改革では、NBAのようなサラリーキャップ(選手年俸総額の上限)制度などを併せて導入することで過剰な投資を防ぎ、戦力均衡を保てる仕組みとしています。資金力がある首都圏のビッグクラブばかりが優勝してしまえば、今の日本の縮図のように若者が離れ、元気のない地方が増えてしまいます。地方のクラブにも優勝できるチャンスがある制度設計にしなければいけません」

「一方、ビジネス性を重視しすぎて競技レベルを落としてしまえば、海外の素晴らしい選手は来てくれません。プロリーグとしての品質を落とさない、クラブ経営の損益分岐点のギリギリのバランスを追求しています。制度設計に当たっては、NBAやJリーグなど他のプロリーグも参考にして、いいとこ取りをしました」

――リーグ全体が成長していくためには、何が必要になってきますか。

クラブの経営状態を基準に参加リーグを決める(出所:Bリーグ)

「リーグを3階層に分けることで上位層だけが盛り上がってしまうのではないかという点が、改革の中でも大きな争点の一つでした」

「しかし、『B.革新』の各カテゴリーは、ターゲットが異なることが大きな違いです。『PREMIER(プレミア)』は世界を、『ONE』と『NEXT』は日本国内を対象にし、階層ごとに異なるルールを導入します。各階層の価値観や見どころを変えることで、別物として捉えてもらうイメージです」

「リーグとして、クラブの経営を支援する機能も設けています。NBAの事例を参考にしながら、リーグが直接クラブ経営をサポートしたり、数カ月に1度経営者勉強会を開催したりしています。本来ならばライバルクラブに実践してよかったことや失敗事例などのノウハウは教えたくないはずですが、Bリーグではできる限り共有するようにしています。これは、リーグの制度設計と経営支援を両面で行うことで、クラブ間の格差を限りなく是正していくためです」

アリーナは成長の礎

――アリーナの位置づけはどのように考えていますか。

「アリーナの存在はとても重要です。昨シーズン稼働していたのは沖縄、群馬、佐賀のみですが、アリーナ完成後は入場者数、チケット売り上げは大幅に増加しました」

「クラブ経営へのインパクトもさることながら、地域のための施設という意味合いも強いです。1年のうち、Bリーグの試合では計30日ほどしか使いません。他の興行を誘致して経済効果をもたらしたり、災害時に避難所になったりする役割が大きいのです。このような社会的価値が現在各地でアリーナ建設を進められている大義にもなっているのではないかと思います。海外でBリーグの知名度が上がれば、アリーナがインバウンドの観光地の一つにもなります」

――アジアのファン獲得については、どのように取り組んでいきますか。

「通常の外国人選手とは違う枠として、アジア枠を設けています。この制度の目的は2つあります。競技面では、アジアのトップ選手に日頃から慣れるためです。オリンピックやワールドカップに出場するためには、アジア大会で勝たなければなりません」

「ビジネス面では、各国のトップ選手を招聘(しょうへい)することで、放映権の販売や海外からの投資を呼び込むことを狙いとしています。Bリーグでも各国でメディアセールスを進めています。フィリピンでは、すでに放映権の販売を進めており、収益の一部はクラブに分配しています」

――現在のリーグ経営の全体像は、いつから考えていたのでしょうか。

「約8年間、千葉ジェッツふなばしの経営に携わっていましたが、当初は経営破綻寸前で、トップクラスの成績を収めたのはここ数年です。ある意味、下から上まで全ての成長プロセスを経験したからこそ、制度不良の存在や改善点を考えることはありました」

クラブ経営経験が説得力に

「クラブ経営では、置かれた状況を言い訳にしないことを重視していました。努力すれば何とかできるということを示せたので、今の改革を進められていると思います」

「リーグのチェアマンは、全クラブの社長と相対して議論をリードしなければなりません。皆さん千葉ジェッツ時代を知っているから、一丁乗ってみようかと感じていただいている部分もあるはずです。千葉ジェッツの社長をやっていなければ、チェアマンはできていないと思います」

――リーグ経営においては、何を大切にしていますか。

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「個別のことだけを考えるのではなく、業界や社会全体の発展を意識しています。マーケットがなければ、個別クラブがどんなに頑張っても成長は見込めません。Bリーグも同じです。バスケはあくまでもツールであり、地域創生リーグとして日本社会の発展に寄与することがBリーグ、ひいてはクラブの成長につながります」

「スポーツに限らず、投資家やスポンサーを呼び込むためには、エネルギーが必要になります。自分たちのことだけではなく、1つ上のレベルまで考えているという本気度を示すことは大切にしています」

――スポーツ全体のビジネスとしての価値をどのようにみていますか。

「日本ではスポーツの価値は可視化されておらず、不要不急のものとみられてしまっています。これは、現在スポーツに携わっている我々の責任でもあります」

「今後、スポーツの価値を徹底的に可視化したいと考えています。例えば、スポーツによる経済効果が地域に与えるインパクトなど、指数換算できる項目を洗い出してデータ化できれば、説得力が生まれます」

「これが確立できないままでは、日本のスポーツ業界は競技の結果に一喜一憂して、ブームとして終わってしまう状態が続いてしまいます。これでは安心して投資できるマーケットにはなりません」

――持続的に成長する産業にしていくということですね。

「現状Bリーグはスポーツ業界の一分野ですが、今回の改革でビジネスのエッセンスを強めることで産業化したいと考えています。バスケを中心にスポーツが地域に根付き、カルチャーとなることが一つのゴールだと思っ ています」

「そのためには、まずBリーグがビジネスを重視した世界初の改革を行って地域を盛り上げ、実績を積んでいくしかありません」

(日経ビジネス編集長 熊野信一郎、日経ビジネス 齋藤英香)

[日経ビジネス電子版 2024年9月3日の記事を再構成]

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