日本の政治で揺れる円相場

ここ2週間ほど円相場は大きく動き、投資家を慌てさせる場面が頻発しています。

9月27日に行われた自民党総裁選挙。

高市 前経済安全保障担当大臣が1位で決選投票に進んだことで、一時、1ドル=146円台半ばまで円安が進みました。

その後、石破氏が新しい総裁に選ばれると、今度は一転して一時、1ドル=142円台後半まで3円以上、円高が進みました。

背景には、日銀は金融緩和を続けるべきだと主張していた高市氏と、円安による物価高を問題視していた石破氏の、対照的な主張がありました。

この日、アメリカの経済チャンネルCNBCは「石破氏は日銀の着実な利上げ政策を支持し、円安への懸念を表明して、超低金利政策を支持する対立候補の高市氏とは一線を画していた」と伝えていました。

10月2日、石破総理大臣は日銀の植田総裁と会談。

記者団に「個人的には、現在、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と述べたことで、市場では日銀が追加の利上げを進めにくくなるのではないかという観測が拡大。

再び1ドル=146円台半ばまで円安方向に動きました。

雇用統計ショックで円安加速

そして、10月4日に発表されたアメリカの9月の雇用統計で、農業分野以外の就業者の伸びは、市場予想の15万人程度を大きく超え、25万4000人に。

金融市場に大きなインパクトを与えました。

統計の発表後、円は急落。

1ドル=146円台半ばから149円台まで、2円余りも値下がりしました。

想定外に強い雇用の指標が示されたことで、市場ではFRB=連邦準備制度理事会の年内利下げ回数が少なくなるとの見方が強まったため、日米の金利差が想定よりも縮小しないのではないかという見方から、ドル買い・円売りが加速しました。

大物エコノミストが“年内は利下げなし予測”

ウォール街では大胆な発言も飛び出しています。

「年内はもう利下げは必要なし」と語るのは著名エコノミストのエド・ヤルデニ氏です。

エド・ヤルデニ氏 (2017年8月撮影)

FRBウォッチャーでもあるヤルデニ氏は、市場で話題になるキーワードを生み出してきたことで知られています。

当局による財政規律が緩んだと見なされたときなどに、債券投資家が国債を売却して金利の上昇という形で警告する現象を「債券自警団」(Bond Vigilantes)と名付けたのは有名な話です。

そのヤルデニ氏。

力強い雇用統計の内容を受けて、ブルームバーグに対し、「彼ら(FRB)はこれ以上のことをする必要がない」と述べ、年内の利下げは必要ないという見方を示したのです。

原油価格が上昇傾向にあり、中国が金融緩和策を打ち出す中で、FRBがさらなる利下げを行えば、インフレを引き起こす懸念があることを理由に挙げています。

さすがにこうした主張はまだ少数派ですが、10月10日にはアトランタ連銀のボスティック総裁が統計の不安定さを理由に11月の会合で利下げを見送る可能性に言及しました。

10日、アメリカの新規の失業保険の申請件数が前の週から急増しました。

ハリケーンの影響と見られ、利下げ継続との観測も市場では一部出ましたが、大幅な利下げ観測は大きく後退している状況です。

フラジャイルな通貨に

アメリカ経済や日本の政治状況を背景に、振れ幅が大きくなる円相場。

ウォール街の市場関係者からは「日本円が『フラジャイル』になっている」という言葉も聞かれるようになっています。

英語のfragileとは「壊れやすい、脆弱な、不安定な」という意味です。

金融界では「フラジャイル通貨」という言葉があります。

FRBの金融政策によって下落が進みやすい通貨を指すもので、2013年にアメリカの金融大手、モルガン・スタンレーが、ブラジルレアル、インドルピー、インドネシアルピア、トルコリラ、南アフリカランドを「フラジャイル5」と命名。

「フラジャイル5」の国々

高インフレや経常赤字といった経済構造に問題を抱え、通貨下落が進みやすいという意味でこうした名前がつけられたといいます。

命名から10年余りがたち、新興国の経済状況も大きく変わっているうえ、さすがに主要通貨である日本円が「フラジャイル通貨」に分類されることはありませんが、新興国の通貨並みに変動幅が大きくなっているという指摘は出ています。

三井住友信託銀行米州部 山下慎司氏

三井住友信託銀行米州部 山下慎司氏
「かつて日本円はボラティリティー(変動幅)が非常に低い通貨だった。今は、ほかの先進国と比べると、金融政策が周回遅れとなっていることや為替介入なども行われたことで、よくも悪くも投機筋を含めた市場の注目が集まり、1日に何円も動く状況が続いている。そういう意味でフラジャイルになっている」

円キャリートレード復活は?

これまでの円安の要因となってきた「円キャリートレード」がいずれ息を吹き返すのではとの見方もあります。

円キャリートレードは、金利が低い通貨で資金を調達し、その資金を金利が高い国の資産に投資する取り引きのことです。

金利が低いと資金調達のコストが安く、それをアメリカや新興国といった高金利国の資産に投資すると、運用上、高い収益が見込めるとしてプロの投資家が活用してきました。

借りた円を売ってドルなどに換えるため、円安の一因にもなってきました。

山下氏
「『円キャリートレード』は、日本円のボラティリティーが低かったことで成り立っていたが、ボラティリティーが高い間は投機筋も再開しにくいのではないか。アメリカの大統領選挙が終わり、ボラティリティーが落ち着いたときに、アメリカの金利がまだ高ければ、円キャリーを再開する動きが出てくる可能性もある。そうなれば年末に向けて一段と円安ドル高が進む可能性がある」

不安と危うさ

通貨の相対的な実力を測る「実質実効為替レート」で見ると、円は、2023年8月に過去最低だった1970年の記録を53年ぶりに下回り、2024年も夏までほぼ毎月のように過去最低の更新を続ける状況でした。

日本は人口減少が続き、産業競争力の低下や生産性の伸び悩みも指摘されています。

また、世界と比べて賃金の低さは際立っています。

巨額の政府債務も抱えるなかで、「稼ぐ力」の弱さを市場から見透かされていないのか。

相場の乱高下の背後に潜む、円の「フラジャイルさ」には一抹の不安と危うさが漂います。

注目予定

18日に中国の7月から9月までのGDP=国内総生産が発表されます。

不動産不況の影響がどこまで数字にあらわれるのかが焦点となります。

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