収穫を迎えた奈良県北部の田んぼ(記事の農業男性とは関係ありません)

 世界は大きな転換期の渦中にある。気候変動対策は待ったなしだ。AIは経済や社会を大きく変えようとしている。地方に目を向ければ、少子高齢化の進展で人口構成が急速に変化している。そんな中で衆院選が行われ、私たちは審判を下さなければならない。まずは足もとを見つめ直してみたい。

 コメや茶などの栽培が盛んな奈良県北部。10月の田では稲穂が頭(こうべ)を垂らし、豊作を印象づけた。「令和のコメ騒動」も収まった。農家の80代男性は、コメ騒動の原因に減反政策を挙げる。自身もかつて減反を受け入れたが、「今は悔やんでいる」という。

 農林水産省によると、1960年代にコメの過剰生産が深刻化し、71年から減反が本格的に進められた。水稲の作付面積を3割以上減らすため麦や大豆、飼料用作物に切り替えた農家に転作奨励金を交付した。

 2004年の食糧法改正で都道府県別に生産数量目標が設定されたが、生産の自由を妨げるという批判もあって18年に廃止された。一方、水田で主食用以外の作物を生産した農家に補助金を出す仕組みは今も継続している。

 男性は10代で親の後を継ぎ、ヒノヒカリを中心に年間約1500キロを収穫する。60代まで1年の半分は大阪で左官の仕事を掛け持った。

 「機材修理などの経費を差し引くとコメの収入は時給200円程度。1日14時間働いても数千円にしかならない。出稼ぎをしないと生活できなかった」。それでも「農業が好きで、やめる選択肢はない」と今も汗を流す。

 71年に地元自治体の要請で水田0・8ヘクタールのうち0・3ヘクタールの生産を放棄した。「当時は減反が当たり前。渋々応じたが、なぜコメの消費促進にかじを切らないのか疑問だった。今夏のコメ不足は、過去の減反のツケが回ったのではないか」。放棄した水田は山の一部と化し、再生は難しい。

 農水省によると、24年産米の9月の全銘柄平均価格は玄米60キロ当たり2万2700円と31年ぶりの高値になった。前年同月比7409円(48%)の上昇で、「平成のコメ騒動」と言われた93年に次ぐ高値。肥料や農薬の高騰で経費は倍増したが、男性も「明るい兆し」と胸をなでおろした。

 減反の功罪について、近畿大農学部の増田忠義准教授は「減反助成金は、高級米を作って得る収入に見合わない。特に生産意欲の高い専業農家へのダメージが大きかった。一方で食用小麦や大豆の自給率向上に寄与した側面もある」と指摘する。

 スーパーの棚からコメが消えた「令和のコメ騒動」の原因について、①継続的な作付面積の低減と、高温障害のあった地域で一等米の比率が下がったこと②23年産米の供給が絞られた中で外国人観光客の増加を背景に外食産業でのコメ消費量が急増したことを挙げた。「そこに南海トラフ地震臨時情報が追い打ちになって家庭でコメを買い込む動きが強まった」と指摘する。

 農業の担い手は年々、減っている。供給が減り、人口減少でコメの消費量も減りそうだ。農業に未来はあるのだろうか。増田准教授は「政府は、農業の保全と振興が求められている。国内消費の促進や、高級米として輸出する販路構築の支援強化などが重要」と強調した。

 中山間地域や都市近郊での農業については「小規模だからこそ、きめの細かい農業ができる。オーガニックや減農薬、地域環境や生態系を意識したコメ作りといった、持続可能なアグリビジネスを構築することが農業の未来を明るくする」と話した。【山口起儀】

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