東京証券取引所=東京都中央区で、宮武祐希撮影

 金融庁に出向中の裁判官に続き、東京証券取引所でも社員のインサイダー取引の疑いが発覚した。市場を監督する機関に証券取引等監視委員会の強制調査が入る「前代未聞」の事態を受け、投資家や企業からの信頼が揺らいでいる。

 「事実なら許されざる行為」「投資家の信頼を損なう残念な話だ」

 日ごろから株式市場と向き合う資産運用会社の関係者らは東証の若手社員による疑惑の一報に不信感を隠さなかった。

 インサイダー取引を巡っては、過去に何度も同様の不正が起きている。

これまでの主なインサイダー取引

 2012年には経済産業省の元審議官が企業の増資情報などを基に妻名義で株を購入した容疑で逮捕・起訴され、有罪が確定。同年には旧日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)の元執行役員、18年にはSMBC日興証券の元社員が、いずれも未公開の株式の公開買い付け(TOB)情報を知人に伝え、不正な取引に手を染めていたことが分かった。今月には金融庁に出向中の裁判官にもインサイダー取引の疑いが発覚し、監視委の強制調査を受けている。

 東証社員の不正が事実なら「前代未聞の事態」(市場関係者)となる。これまでの不正はTOBの情報を悪用したケースが目立つ。証券関係者によると、監視委はTOBが成立する直前の取引には特に厳重に目を光らせている。「今は人工知能(AI)の検知システムも高度化しており、昔に比べ不正が明るみに出やすくなった」という。

 東京株式市場の日経平均株価は今年2月に史上最高値を更新。東証は上場企業に株価などを意識した経営を求めるなど、市場改革の旗振り役を担ってきた。新NISA(少額投資非課税制度)も始まり、株価は7月に4万2000円台に到達。東京市場への期待は大きくなっていた。

 そんな状況に冷や水を浴びせるような疑惑がなぜ発覚したのか。金融庁や東証では、新人研修などで「不正な取引をしないことやルールの徹底を最初に学ぶことになっている」(業界関係者)というが、金融機関の幹部は「倫理観が薄れているのではないか」と嘆く。

 東証を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)では、18年に当時の清田瞭(あきら)最高経営責任者(CEO)が社内規則で取引が禁止されている上場インフラファンドを購入した問題で、減俸処分を受けている。しかし、今回は金融商品取引法違反が疑われており、JPX関係者は「法令違反はやってはいけないのが当たり前。研修でどうにかする以前の問題」とため息をつく。別の市場関係者は「投資家の東証への期待は高まっていた。盛り上がりに水を差しかねない」と残念がる。

 ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは、今回の一件が取引の減少など株式市場に直接影響することは考えにくいとみるが、「投資にネガティブな人が、そのイメージを増幅させることになりそうだ」と指摘する。

 今後の監視委による調査次第で、金融庁は東証への行政処分が必要か検討するとみられる。裁判官の疑惑についても関係者は「不明な点が多いが、金融庁としても原因の究明や対策の徹底が必要になる」と話す。

 監視委への出向経験がある光和総合法律事務所の白井真弁護士は「裁判官も東証社員も、市場の中枢の責務を担っていたと思われる。いずれの不正も悪質さと幼稚さ、浅はかさが同居しているように見える」と指摘。「コンプライアンスの研修や啓発だけでなく、(不正が事実なら)社員らには厳しい処分が求められる」と話した。【成澤隼人、井口彩、竹地広憲】

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