高島屋はファイナンシャルカウンターで資産形成の助言やセミナーを開催している=中山博敬撮影
富裕層向けのウェルスマネジメント(資産管理)に商機を見いだす企業が増えている。金融資産1億円超の世帯が増え、投資への関心が高まったことも追い風だ。富裕層マネー360兆円を有効活用できれば、日本経済の推進力となる。

「お子さんは海外の大学に進むのですね」。大阪府豊中市にある高級住宅地で、富裕層向け金融商品仲介会社ヴァスト・キュルチュール(大阪市)の共同最高経営責任者(CEO)安東宏典氏はある資産家宅を訪れていた。

顧客を前にしても金融商品を売り込む様子はない。何気ない会話から生活の変化や将来の要望を知るのが目的だ。安東氏は「顧客の潜在ニーズを顕在化するのが我々の仕事。資金が必要となって初めて資産運用の話になる」と、証券会社の営業担当者との違いを語る。

東京都や兵庫県などに顧客を抱え、各地を飛び回る毎日を送る安東氏。実は6月、経営者として大きな決断を下した。高島屋による買収提案を受け入れたのだ。

金融サービス充実への切り札

ヴァストが抱える約20人の独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)は、金融商品を紹介するだけではなく、相続や医療などお金にまつわるあらゆる相談に乗るいわば「家計のかかりつけ医」だ。金融商品の売買時に証券会社から得る仲介料が収益の主な源泉だ。

そうした新興企業を高島屋が買収するのには、富裕層ビジネスを拡大する狙いがある。百貨店は古くから外商というスタイルで高級ブランド品や美術品を富裕層に販売してきた。ヴァストは新たな柱と位置付ける金融サービスで稼ぐための切り札というわけだ。

高島屋の平野泰範執行役員は「知識がないので金融機関に行くのが怖いというお客様が一定数おり、身近な百貨店が相談窓口になっている」と説明する。高島屋は2020〜21年に東京・日本橋、大阪、横浜の3店舗にファイナンシャルカウンターを設置。資産形成の助言やセミナーを開催することで、富裕層やパワーカップルを中心に独自の顧客網を築いてきた。

金融ビジネスに期待する背景に富裕層の増加がある。野村総合研究所によると、21年に純金融資産保有額(金融資産の総額から負債を差し引いたもの)が1億円以上の富裕層は149万世帯と、10年間で8割増加。うち5億円以上の超富裕層も9万世帯と8割増えた。両者の資産額は計364兆円に上る。

同社金融コンサルティング部の米村敏康部長は「超富裕層の3分の2が首都圏に住む。古くからの資産家に加え、スタートアップの売却に成功した連続起業家が増えている」と話す。

日本の純金融資産保有額の階層別に見た世帯数と資産規模。超富裕層と富裕層が富の2割強を保有(出所:野村総合研究所の資料を基に編集部作成)

こうした動向を背景に活況を呈しているのがウェルスマネジメントビジネスだ。個人が保有する資産を包括的に管理する金融サービスで、欧米が発祥といわれている。1990年代には外資系金融機関を中心に参入が相次いだが、日本には根付かなかった。

だが近年、富裕層の増加に加え、株式売買手数料の引き下げ競争などを背景に再び注目を集めるようになった。手数料収入では大きな成長を見込めなくなった金融機関は、預かり資産額に応じて手数料を受け取る、息の長いストック型ビジネスの強化を進める。そのカギを握るのがウェルスマネジメントだ。

先行する外資を追う国内勢

野村ホールディングス(HD)は4月、営業部門を「ウェルス・マネジメント部門」に改称。傘下の野村証券は全国に5500人いるリテール(個人向け)担当者のうち、富裕層の担当者を前年度比1.5倍の4800人に増やした。

資産管理ビジネスに一気に人的リソースを傾けた格好だ。野村HDでウェルス・マネジメント部門長を務める杉山剛氏は「質の高いサービスを提供するために、担当者ごとのお客様の数を絞り込んで徹底的に寄り添う」と語る。

ウェルスマネジメントサービスを拡大している主要金融機関の取り組み

この分野で伝統的に強いのは外資だ。世界最大手、スイスのUBSグループは、三井住友トラスト・ホールディングスとの合弁会社であるUBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント(東京・千代田)を通じて国内で富裕層向けのプライベートバンク(PB)を展開する。

銀行や証券、不動産のサービスをワンストップで提供。専門知識を持った担当者が金融商品などを販売するだけではなく、顧客に代わって資産運用もする。このPBに口座を開くための最低金額は200万ドル(3億円弱)。保有金融資産が50億〜70億円以上の資産家が主な顧客層だという。年内にはクレディ・スイスの同部門と統合する予定で、国内の富裕層ビジネスで存在感を一段と高めそうだ。

資産運用だけでなく、あらゆる富裕層の要望に応えるのがスイス流だ。UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントの金子謙太郎マネージングディレクターによると「近年はグローバル教育を子供に受けさせたいという需要が増えている」。そこで、スイスのボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)の説明会を開くなど教育関連の情報提供に力を入れる。

美術品への関心が高い人は毎年6月にスイスで開かれる世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」に招待。寄付など慈善活動をしたい人には財団のつくり方などを指南する。顧客の信頼を勝ち取ることで、2代、3代と長期にわたり資産家との関係を保つことがPBビジネスの要諦といえる。

こうしたスイス流PBビジネスは国内ではまだ黎明(れいめい)期だ。独立系運用会社のアリスタゴラ・アドバイザーズ(東京・港)は、数少ない参入企業の一つ。顧客には金融資産が数百億円規模の人が多い。口コミを中心に利用が広がり、現在は数十人の顧客を抱える。

資産運用に加え、医療や教育、不動産取引に精通した担当者が10年以上にわたり顧客に接する。篠田丈会長は「日本の金融機関は2〜3年で担当者が代わるため、資産家との信頼関係を築けない」と、自社サービスの優位性を強調する。

オルタナティブ投資に関心

ウェルスマネジメントでは、富裕層の多様なニーズに応える金融商品のラインアップが重要な競争軸となる。中でも未公開株式のような従来の伝統的資産とは異なるオルタナティブ(代替)商品への関心が高まっている。

金融環境の変化に伴い、株式や債券などの値動きが激しくなっていることが背景にある。運用資産のポートフォリオにオルタナティブ商品を加え、価格変動リスクを抑えながら高いリターンを狙いたいという人が増えているのだ。

英調査会社のプレキンによると、オルタナティブ資産に積極的に資金を振り向ける日本の投資家の数は19年以降、5割増えた。長いデフレのトンネルを抜けた今、国内投資家がより高い利回りを求める傾向が衰えることはなさそうだ。

国内の富裕層にとってオルタナティブ投資の機会はこれまで少なかった。仏キャップジェミニの調査によると、富裕層の資産に占めるオルタナティブ商品の割合は、日本では6%にとどまり、北米の16%や欧州の12%の半分以下だ。

日本と世界の富裕層の資産構成の違い。日本の富裕層はオルタナティブへの投資比率が少ない(出所:キャップジェミニ)

ニーズの高まりを受けて、金融機関各社は海外運用会社と組んでオルタナティブ商品をラインアップに加え始めた。野村証券、大和証券、SMBC日興証券の3社は24年初め、米大手投資会社ブラックストーンが手掛ける未公開株(PE)ファンドに資金を投じる投資信託の販売を始めた。

この投信の残高は設定から5カ月で1941億円(7月末時点)まで拡大した。ブラックストーン・グループ・ジャパンの藤田薫マネージングディレクターは「インフレや円安、(政府の)資産運用立国実現プラン、国内金融機関のビジネスモデルの変化がどれも追い風となっている。日本のウェルスマネジメントは米国に次ぐ市場に成長する可能性がある」と期待する。

日本の成長戦略のカギに

未公開企業に投資するブラックストーンのようなファンドが日本企業の価値向上に取り組んでいる。米投資会社KKRが日立製作所から買収した半導体製造装置メーカー、KOKUSAI ELECTRIC(旧日立国際電気)は23年10月に上場し、時価総額を約7500億円(9月12日時点)に伸ばした。ファンドの資金によって日立グループの制約から解き放たれ、成長機会をつかんだ。

オルタナティブ投資を通じてマネーが動けば、KOKUSAIに起きたゲームチェンジがスタートアップを含めた様々な企業に広がり得る。藤田氏は「企業は長期で資金提供者と共に成長戦略を描けるようになり、投資家にとっても高いリターンにつながる」と訴える。

日本経済は人口減少など課題を抱えているが、家計の金融資産はなお世界有数の規模だ。政府が資産運用立国実現プランを推し進める意図も、眠れる現預金を投資に向かわせて経済成長と国民の資産所得の増加を図ることにある。

金利が復活した世界で、企業は収益力を一段と高めることを求められる。戦略投資やイノベーションに投じる資金の手当てに困るようでは、成長はおぼつかない。企業にとって個人マネーを取り込むことが重要になっている。

(日経ビジネス 阿曽村雄太、神田啓晴、藤本莉早、佐々木大智)

[日経ビジネス電子版 2024年9月26日の記事を再構成]

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