湖北省武漢市内の中心部には運転手がいない「無人運転タクシー」が走り回っている

中国中央部の湖北省武漢市内の中心部を2024年8月下旬に訪れた記者が目の当たりにしたのは、日本では考えられない景色だった。

市内中心部を走り回っていたのは、運転手がいない「無人運転タクシー」だ。中国IT(情報通信)大手の百度(バイドゥ)が商用サービスを手掛け、自動運転システムには自社開発の「Apollo(アポロ)」を活用。中国自動車大手の北京汽車集団グループが手掛ける電気自動車(EV)をベースに開発し、自動運転レベルは一定条件で運転を完全自動化する「レベル4」に相当する。

驚くべきはサービスの運用範囲だ。武漢市の総面積の35%に相当する3000平方キロメートル以上、人口の半数強に当たる770万人をカバーする。無人運転車両の数は400台に上る。

市内のショッピングモール前で観察すると3〜5分程度の間隔で、無人運転タクシーが通り過ぎていった。専用アプリでタクシーの現在地を確認すると数百メートル圏内に9台のタクシーが走っている様子が見て取れた。

アプリで確認すると数百メートル圏内に複数台の無人運転タクシーを確認できた

実際にアプリで無人運転タクシーを呼び、約11キロメートルの距離を移動してみた。乗降場所は数百メートルごとに設けられているため徒歩で指定された場所まで移動する必要がある。一般道では時速40キロメートル、自動車専用道路では同70キロメートル程度で走行しており、法定速度を順守しているため一般のタクシーに比べると時間がかかる。

周囲に他の自動車が来た際には一時停止することがあるものの、人通りが多いエリアや細い道も難なく通過していった。25分間とやや時間はかかったものの、急ブレーキで一時停止するといったトラブルもなく目的地に到着した。

無人運転タクシー1000台に

百度が武漢で無人運転タクシーの商用サービスを開始したのは2022年8月。当時は街の郊外に位置する開発特区でのサービスに限定されていた。人通りはまばらで、商用化とはいえ安全に配慮したものだった。市内の中心地では、運転席に監視員が乗った形での実証実験を行うのみだった。

24年6月から武漢市内全体にエリアを拡大しており、わずか2年で様変わりした。百度は24年中に武漢での無人運転タクシーを1000台体制に引き上げる計画だ。

無人運転タクシーの運転席や助手席には人は乗っていない

米国では米アルファベット傘下のウェイモが、24年6月末から無人運転タクシーのサービスをカリフォルニア州サンフランシスコで一般開放した。その台数は300台とされ、百度はウェイモを上回るペースで事業拡大にまい進する。

当然、事故の懸念はある。武漢でのサービス拡大直後の24年7月には、電動バイクとの衝突事故が発生した。無人運転タクシーが左折しようとしたところ、電動バイクと衝突し運転手は軽いけがを負ったという。百度は「電動バイクが赤信号を無視して直進してきた」と主張している。

24年7月には、電動バイクとの衝突事故が発生した(写真=中国のSNSから)

事故の発生率は人間の14分の1

百度は武漢を含めた中国での無人運転タクシーの総走行距離は24年4月時点で1億キロメートルを超えるが、重大な死傷事故は発生していないと説明する。同社によると事故の発生率は人間が運転する場合に比べ14分の1に低下するという。

実際、武漢市内では現状を不安視する声は上がっていない。サービスを利用する20代の大学院生は「無人運転タクシーは(人が運転するのに比べて)安全なのでほぼ毎日利用している」と話す。

無人運転タクシーを展開し先行投資を拡大する百度だが、黒字化へも動く。今年5月には中国自動車メーカーの江鈴汽車集団と共同でコストが約20万元(約400万円)の自動運転車の開発を発表した。現行車両から部品の調達コストを6割削減したという。さらに車両基地を自動化することでコスト削減を図る考えだ。一連の施策で25年には無人運転事業の黒字化を見込む。

24年5月に中国・江鈴汽車集団と共同で低コストの自動運転車の開発を発表(写真=百度提供)

「損益分岐点が近づきつつあるのを目の当たりにし、私たちのビジョンは拡張可能な現実となりつつある」。百度の李彦宏・董事長兼最高経営責任者(CEO)は、無人運転事業の黒字化に力を込める。

無人運転タクシー事業の拡大にまい進するのは百度だけではない。中国では百度のようなIT大手など異業種が自動運転を中心とする「SDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)」の開発を急ぐ。

(日経BP上海支局 佐伯真也)

[日経ビジネス電子版 2024年10月4日の記事を再構成]

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