2024年9月下旬に開かれた神戸マツダの整備士体験会。1級整備士が高校生に作業手順を教えていた

メカニックの地位向上を目指す――。自動車ディーラーの神戸マツダ(神戸市)が、自動車整備士を育成する専門学校の開設準備を進めている。自動車整備業界で担い手不足が課題となる中、マツダに受け継がれるものづくりの基本姿勢を学んだ有能な若者を輩出し、「メカニック」と呼ばれる自動車整備士の社会の中での存在感を高める狙いだ。唯一無二の取り組みは、自動車整備業界の苦境も映し出す。

2024年9月下旬、神戸マツダの神戸本店で開かれた整備士体験会。同社の1級自動車整備士が、参加者にブレーキ液やエンジンオイルの適正な液量を丁寧に教えていた。熱心に話を聞く高校生たち。タイヤの空気圧や摩耗具合などをチェックする作業も実体験した。

参加した高校2年生の大川みはるさんは「高校で自動車整備について学ぶ授業があり、父が(マツダのスポーツカー)RX-7が好きだったこともあって参加した。整備を通じて運転者や同乗者の安全・安心を支えるこの仕事に興味がある」と目を輝かせた。神戸マツダが開設する予定の専門学校も、進路の一つとして考えているという。

専門学校は2026年4月の開校を目指している(完成予想図=神戸マツダ提供)

「ロードスター」開発者が指導

専門学校は神戸マツダ本店近くに設立される予定だ。マツダと提携しており、名称は「マツダ自動車整備専門学校神戸」(通称・マステック神戸)となる。現在国に学校法人などの認可申請中で、2026年4月の開校を目指している。定員は1学年50人程度。最短で2年間で、2級自動車整備士の資格取得が可能になる。

ディーラーが学校法人を設立して自動車整備の専門学校を開設するのは極めて珍しい取り組みだ。マステック神戸は、マツダグループとして世界初の自動車整備専門学校となる。

マステック神戸では、マツダが世界で初めて量産に成功した、おむすび型エンジン「ロータリーエンジン」の理論やマツダの技術を学ぶことができる。校長には、マツダの小型オープンスポーツカー「ロードスター」の現行4代目モデルの主査を務めたマツダOBの山本修弘氏が就任し、夢を持って挑戦することの大切さを学ぶ「マツダ学」を教え込む。

9月下旬の整備士体験会には山本氏も参加した

なぜディーラーが専門学校を設立するのか。それは賃金面など相対的な待遇の低さや、時に油まみれで作業するような職場環境などから若手のなり手不足が深刻になっているからだ。小規模な自動車整備業者の多くは、後継者不足などの課題に直面している。

日本自動車整備振興会連合会(東京・港)によると、23年度の自動車整備事業者の整備売上高は5兆9072億円となり、2年連続で増えた。自動車整備士はここ数年33万人台で推移しており、減少傾向にあるものの極端に減っているわけではない。しかし、業界関係者は「自動車整備士は一度免許を取れば更新もない。70〜80代で実質的に引退している人も多い」と実態を明かす。今後10年で高齢自動車整備士のリタイアが相次ぐ『崖』を懸念する声も多い。

その解決策は、若手の自動車整備士を増やすことしかない。これに関連する統計は深刻だ。同連合会によると、自動車整備士を目指す「自動車整備技能登録試験」申請者は22年度に約3万9000人。ピークの04年度は7万2000人を超えており、ほぼ半減している。一方、整備士などの整備要員の平均年齢は年々上昇しており、23年度には47.2歳となっている。

相次ぐ整備不正問題

業界の苦境を反映してか、自動車整備業務に関する問題も相次いでいる。21年には、トヨタ自動車系列の販売店15社16店で車検業務に関する不正があったことが発覚し、対象台数は6600台を超えた。22年にはホンダの販売店でも同様に必要な検査をせずに車検を通していた事例が判明。最近では、自動車整備士に労使協定で定めた以上の勤務をさせたなどとして労働局が書類送検するケースも出ている。

こうした中、神戸マツダの取り組みは、優秀な人材を早期に同社へ「囲い込む」狙いなのだろうと思いきや、決してそうではないようだ。

「自動車整備士不足はもはや社会問題。メーカーの対応に対する待ちの姿勢ではなく、ディーラー自身がこの問題に正面から取り組むべきだと考えた」。神戸マツダの橋本覚社長は、マステック神戸設立を目指す理由を語る。今回の取り組みに10億円規模の資金を投じた橋本社長は「自動車整備士は交通インフラを守り、社会に欠かせない『エッセンシャルワーカー』。地位向上に貢献したい」と意気込む。生徒は神戸マツダだけでなく、全国の整備関連企業への就職も後押しする考えで、既に他社ディーラーからの相談もあるという。

「待っていては社会問題解決はできない」と語る神戸マツダの橋本覚社長

仕事に誇りを与える

神戸マツダは、「5HAPPY」と称し、顧客や地域などあらゆるステークホルダー(利害関係者)への貢献を軸にした事業を目指してきた。例えば、高齢者の移動難民対策としてコミュニティーバス「みんなのバス」を運行するほか、保育園も運営し、地域との共生を意識した事業も展開する。専門学校の開設は、こうした社会貢献の取り組みの延長線上にあるという。

学校設立という今回の新たな挑戦は、従業員のプロ意識向上にもつながったという。専門学校で指導するのは、神戸マツダの1級自動車整備士だ。社内で公募し、7人が集まった。「有望な若い人に自分の技術を教えることによって、社員自身も成長し、スキルアップに資する」と橋本社長は語る。

校長就任予定の山本氏は、自身の経験も踏まえて学校で指導する意義について「メーカーがいいクルマを造っても、その商品価値を上げるのは、顧客接点のあるディーラーだ。整備の仕事への誇りと権威を与えたい」と力を込める。マツダの歴史を踏まえながら、ものづくりの精神を伝授し、日本の自動車産業への貢献も目指している。

かつてない取り組みに業界の注目が集まる神戸マツダ。だが、こうした人手不足などの社会問題解決に向けた取り組みは、一企業、一ディーラーが背負うものではないだろう。将来を担う人材育成について、業界全体としてどう横断的に対処すべきか。神戸マツダの挑戦は、そうした宿題も自動車業界に問いかけている。

(日経ビジネス 小原擁)

[日経ビジネス電子版2024年10月16日の記事を再構成]

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