――売上高10兆円を目標に掲げています。
「本当はね、数字は言いたくないんですよ。独り歩きするんで。ただ具体性がないと実行できないでしょ。我々の会社は途方もない目標を掲げて、理想を実現する会社です。10兆円を超えても同じように成長していきたい」
「(10兆円の内訳は)ある程度決めているんですけど、言うとそれに縛られる。世界の状況は変わっていきますよね。欧州や米国はすごく伸びると思います。それぐらいのポテンシャルはある」
――約10年間ごとに売上高を3倍ずつ増やしてきました。「3倍の法則」は今も続いていますか。
「続いていますよ。今後もっと速いペースでいくんじゃないかな。デジタルの時代になったので」
「売上高を3倍にするには、それまでの手法は通用しないんですよ。3倍の会社はどんなものなのか想像しながら毎日変えていく。毎日が転換期なんですよ。一日一日、1店舗ずつの積み重ねです」
「意味がある店舗」を出していく
――売上高10兆円を実現すればアパレル世界首位も見えてきます。
「それは分かりませんよ(笑)。『ZARA(ザラ)』(を展開するインディテックス)が11兆円になるかもしれない。ただ僕は(ファーストリテイリングを)世界一の会社にしたいし、世界一のブランドにしたい。ここだったら安心だな、というブランドになりたいです」
――欧米が成長をけん引しています。
「(ユニクロへの)評価が変わってきたんじゃないかなと思います」
「パリとロンドンでは、店舗数がザラや『H&M』と同じくらいになりました。欧州の店舗は歴史ある建物とかメインストリートとか、その都市で一番いい立地にあるわけです。だから欧州で今、爆発的に成長し始めたんだと思います」
「よく分かったことは、『意味がある店舗』じゃないとダメだってことですよね。旗艦店みたいな『このお店だけは行ってみたい』と思う店でないと。チェーンストアの限界みたいなものがあります。クッキーカッターみたいにぱんぱんと即席でつくった(同じような)店だと歓迎されないですよね」
「ザラも小さな店を閉めて大きな店に集約している。電子商取引(EC)だけでは存在感が出ません。存在感がない限り、お客様の心の中にブランドが存在できない」
――今のユニクロに足りないものは。
「社内の認識ですよ。そういう(世界的な)ブランドの立ち位置になったことを分かっていない。いまだに日本国内でナンバーワンのブランドだ、というくらいの認識しかない。(2000年前後の)フリースブームなどの認識が残っているのでしょう。今が過去の延長線上だと思っている人が多い」
――規模が大きくなるとチャレンジしづらくなる面はありませんか。
「うちの標語で、『ノーチャレンジ、ノーフューチャー』という言葉がある。チャレンジをしないところに未来は来ない。勇気を持ってチャレンジし、引き寄せないと。会社が大きくなって良くなればいいけど、たいてい悪くなるでしょ。だから『大企業』には何の意味もない。『大企業』にはなりたくない」
「店舗が一つの単位で、そのために本部があり会社がある。会社があるのはお客様のためです。『店は客のためにあり、店員とともに栄え、店主とともに滅びる』という言葉がある。その通りですよね」
――大企業病を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。
「本部が大きくなって、誰の責任か分からないようにしたらダメですね。あらゆることについて誰に責任があるのかはっきりすべきですよ。上長が責任を持たないと。経営者に専門はあっても(責任の)範囲はないんですよ。経営するには主体者にならないといけない」
制度は運用してこそ意味がある
「商売で大切なのは『即断・即決・即実行』です。実行して初めて状況に気づく。ほとんどの人はプランニングはすごくやるのに実行はちょろっとだけ。しかも部下にやらせる。とんでもないよね、これ」
「社内制度に頼ってはいけないと思います。制度を利用して実行すべきことを実行しなくては意味がない。運用して成果が出て初めて意味があるんですよ」
「ただ、マニュアルはすごく大事で、覚えるくらい読み込まないといけない。一方でそれにとらわれて硬直化してもいけない。(従業員は)自分が責任者だと思ってマニュアルを超えてお客様の立場で判断すべきです」
――これまで何度も壁を乗り越えてきました。原動力は何でしょうか。
「これはもう正面突破しかないです。それは人だし、商品だし、店舗ですよね。総合的な力で突破していくしかない」
「服でも何でも、その事業に命をかけようっていう人がいない限りうまくいきません。ファーストリテイリングも零細企業から売上高3兆円になったんだから、他の企業にももっと頑張ってもらいたい。世界は開かれている。日本企業だったらどこに行っても事業はできるんですよ」
――よく店舗を訪れると聞きます。何をアドバイスするのですか。
「ものすごく小さなところ。ゴミが落ちていないかとか(笑)。店頭販促(POP)が傾いていないかとか、商品整理がしっかりしているかどうかとか、トイレはどうかとか」
「(店舗数が)1店舗でも1万店舗でも一緒。経営者はそこまで気をつけないとダメです」
――チラシも見ているんですか。
「いや、今は見ていない……。任せているけど、文句は言う」
――やっぱり見ているんですね。
「そりゃ見ますよ(笑)。当然」
創業者なんで一生抜けられない
――今後、衣料品以外の新分野に進出する可能性はありますか。
「アパレルだけで世界に何百兆円の市場規模があるんですよ。それだけで十分です。うちに期待されていることは服ですよね。あくまで(服に)関連していて、期待されている分野をやる」
――柳井さんは以前と比べ、丸くなった印象もあります。
「いや、かえって厳しくなったんじゃないかな。ただ年を取ったので、年寄りのたわごとみたいに思われているかもしれない。(笑)」
――社内で次世代の経営者が育ちつつあります。
「いい線いっていると思いますよ。ただ、世界中に出ようと思ったら人材はもっと必要ですよね。まだまだですよ」
――塚越大介ユニクロ社長をどう評価していますか。
「いいと思いますよ。うまくいっている」
――柳井さんがほぼ関与しないファーストリテイリングは想像しますか。
「します。その準備はしていますから」
――そのとき柳井さんは何をしているのでしょうか。
「何でしょうかね。創業者なんで一生涯抜けられない。会長とか名誉会長とか、そういう感じじゃないですか。生きていたらね」
傍白10年前。ソフトバンクグループの社外取締役を務めていた柳井さんは「孫さんじゃないですが、1兆円、2兆円は豆腐の1丁、2丁と同じつもりでやらないと」と話していました。10兆円という目標は大きな節目のようにも思えますが、あくまで通過点であり「毎日が転換点」とぶれません。
今、まさに兆単位の会社となりユニクロ社長の座を譲っても、昔と同じように頻繁に店舗に足を運び細かな点をチェックするという柳井さん。どれだけ組織が大きくなっても主役は本部ではなく現場。商売人としての「変わらない姿」を伝えることが自らの役割だと考えているのでしょう。
(日経ビジネス編集長 熊野信一郎、日経ビジネス 梅国典)
[日経ビジネス 2024年10月28日号の記事を再構成]
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