こうじ菌を使った日本の「伝統的酒造り」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産に登録された。関係者は日本酒、焼酎、泡盛、本みりんなどの海外での認知度向上を期待する。業界団体「日本酒造組合中央会」で、酒類の海外PRや販路開拓施策をサポートする宇都宮仁理事(65)に今後見据える展開や課題を尋ねた。
無形文化遺産になったのは酒そのものではなく、伝統的酒造りの技術や文化で、その定義を満たすかどうかで酒の優劣を決めるものではない。宇都宮理事は「こうじを使う酒造りが独特のうまみにつながり、日本の風土や文化が凝縮されている点を発信していきたい」と話す。
輸出が増えている日本酒ですら海外での認知度はまだ低く、それ以外の酒類はほぼ知られていない。中央会は海外のソムリエを日本に招いて酒造りの現場を見てもらったり、海外で本格焼酎・泡盛のカクテルコンテストを開催したりと裾野を広げる活動に力を入れてきた。
最近では、健康や美容に効能があるとして発酵食品の価値が見直されている。宇都宮理事は「世界的に『発酵』がブームになっており、こうじに対して興味を持つ方が増えている状況」と指摘する。
2013年にジョージアの伝統的なワイン製造法が無形文化遺産に登録された際は、日本の酒屋でもジョージアワインの棚ができた。同じ年に和食も登録されたことを受け、海外で日本食レストランが増えた。宇都宮理事は、今回の登録について「国内外のメディア報道やイベントを通じて日本の酒に関心が高まり、海外での注目度も上がっていくのでは」と期待する。
宇都宮理事は酒類業を所管する国税庁の技術職員としての経歴が長く、研究や鑑定業務を通じて日本全国の酒の移り変わりを見つめてきた。海外での普及を見据えた場合、現状の市販酒の課題は何だろうか。
日本酒については醸造酒の中でもアルコール度数が高い点だ。日本酒は原酒で20%程度、水を加えて調整した商品でも15%程度が多くワインを上回る。
世界保健機関(WHO)が飲酒リスクに注目し、世界的に関心が高まる中、宇都宮理事は「健康問題に加え、アルコール度数が15%を超えると酒税が高くなる国が多い。度数を下げる必要はあるだろう」と指摘する。
日本国内では、消費減を背景に飲みやすさを意識した日本酒の低アルコール化が進んでいる。12~14%や10%を切るものも増えており、今後もそのトレンドは続きそうだ。
焼酎や泡盛に関しては、海外では食中酒として蒸留酒を使う習慣がない点に留意する必要があるという。宇都宮理事は「ソムリエよりはバーテンダーにアプローチし、世界の蒸留酒の一つとして店に置いてもらう方がいいだろう」という。
またワインが産地別に売り場で並んでいることから「日本の酒ももっと地域をベースにアピールできるようになった方がいい」とも提案する。
ワインの場合は、原料となるブドウや栽培された土地の特性が反映されやすい。一方、日本酒や焼酎、泡盛は保存、運搬しやすい米が原料で、地域性より造り手の技術が介在する余地が大きい。
しかし、宇都宮理事は「日本酒の場合、(全国各地で使用されることが多い)兵庫県の山田錦を使っても、酒蔵の考え方や地域の状況でできる酒が違うケースはあるし、地元向けの普通酒についてはその嗜好(しこう)をより反映している」と解説。造り手の技術が地域の酒としての特性にもつながっているとし、その点をどうアピールするかが考えどころだという。
海外展開にするにしても国内の基盤があってこそだ。酒蔵だけでなく、農家の高齢化で原料である米などの確保が難しくなりつつある。宇都宮理事は「ユネスコでの登録が地域の誇りになり、造り手の継承だけでなく、地域産業や文化について、みんなが考えるきっかけになってほしい」と国内で関心が高まる重要性を訴える。【植田憲尚】
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