【北京=石井宏樹】中国で民主化運動が武力弾圧された天安門事件から4日で35年を迎えた。「国家安全」の確保を最重視する習近平(しゅうきんぺい)政権は、遺族らが真相究明を求める中、北京の天安門広場などで厳戒な警備態勢を敷き、追悼の動きを封じ込めた。

◆「多くの父母が無念とともに世を去った」

北京・天安門前広場(資料写真)

 犠牲者の遺族団体「天安門の母」はインターネット上に発表した声明で「35年間、私たちは愛する人を失った苦しみに耐え、当時、子どもを亡くした父母の多くが、果てしない無念とともにこの世を去った」と強調。真相と責任の追及、被害者と遺族への賠償を掲げ、習政権に対等な対話を求めた。  関係者によると、対話の見通しはなく、団体の関係者は海外メディアの接触を警戒する公安当局によって監視状態にあるという。

◆香港での集会は事実上不可能に

 中国外務省の毛寧(もうねい)副報道局長は3日の記者会見で「前世紀の80年代末に発生した政治風波(騒ぎ)について、中国政府はすでに明確な結論を出している」と従来通りの認識を示した。

台湾の総統府(資料写真)

 香港では、2020年までは6月4日に追悼集会が行われてきたが、当局はその後、新型コロナウイルスの感染防止を理由に集会を規制。昨年から、親中派団体が会場の公園を貸し切ってイベントを催し、集会の開催は事実上、阻止されている。違法な活動で中央政府への憎悪をあおったとして、市民が国家安全条例違反の疑いで逮捕されるケースも相次ぐ。

◆頼清徳総統「権威主義に向き合う」

 一方、台湾では4日、市民団体などが台北市中心部で追悼式を開催。頼清徳(らいせいとく)総統は4日、交流サイト(SNS)で談話を発表し「天安門事件の記憶は歴史の激流の中でも失われることはない」と強調。言論統制を強める中国を念頭に「自由を持って専制に対応し、勇気を持って権威主義の拡大に向き合わなければいけない」と訴えた。   ◇  ◇  中国の天安門事件から35年。習近平指導部による言論への締め付けが厳しくなる中、自由な活動が許される台湾での追悼活動が目立ち始めた。主催者は、事件の記憶の継承は「中国の専制拡大を防ぐ国際的な運動だ」と強調。香港から台湾に渡る知識人も増えている。

◆「これは道義だ」言葉を残し

 台湾の追悼集会の主催団体「華人民主書院」の曽建元(そけんげん)常務理事(58)は天安門事件の当時、台北の支援活動に参加していた。今も印象に残るのは、北京の大学生との最後の衛星電話のやりとりだ。  「戦車が広場に突入した。現場に行かないといけない」と話す学生に、台湾側が「危険すぎる」と諭したが「これは道義だ」と現場に向かった。後日、その学生が逮捕されたと知った。

◆台湾でも進む「風化」に抗う

華人民主書院の曽建元常務理事

 台湾の追悼活動は香港と比べると小規模だったが、近年、香港の規制を受けて注目が集まるようになった。その半面、市民から「中国の事件と台湾は無関係だ」との声も上がり、35年の時間とともに事件の風化は確実に進んでいる。  台湾の武力統一も辞さない姿勢の中国に対し、曽氏は「中国のもっとも強力な兵器は台湾に向けられている。人民を鎮圧した政権は台湾にも同じように応じるはずだ」と警戒を呼び掛ける。  「台湾は中国語圏でもっとも開かれた地域。暴政の歴史や記憶を残すのにふさわしい場所だ」と追悼を続ける意義を強調する。

◆習氏批判の書籍で拘束、失踪…

 香港で中国政府に批判的な書籍を販売していた銅鑼湾(どらわん)書店の林栄基(りんえいき)店長(68)は2019年、香港から中国への身柄移送を可能にする逃亡犯条例を機に台湾に移り住んだ。台北市で同名の書店を開き、香港では発禁扱いになった本も多く取りそろえる。香港からの留学生や旅行者も書店に本を求めて訪れるという。  13年の習政権の発足以降、党や習氏を批判する本を出版した知人らが次々と摘発された。自身も15年に香港の本を違法に中国で販売したとして広東省で拘束され、書店の他の関係者も失踪した。「習氏と関係があるのは明白だった」と話す。

◆「数千年の文化に根差した閉鎖性」

 天安門事件について「中国政府は1980年代の改革開放で西側の体制や文化が入り込むのを恐れて多くの学生を虐殺した」とした上で、「数千年の文化に根差した中国の閉鎖性は変わっていない」と批判し、政府の本質は今も引き継がれているとみる。  台湾に渡って以降も、香港では国家安全維持法(国安法)や国家安全条例が相次いで施行され、「一国二制度」の形骸化は加速するばかり。林氏は「取り締まりでみんなが萎縮し、言論の自由はなくなってしまった」と香港の現状を嘆き、台湾から情報発信を続けていく考えを示した。(台北で、石井宏樹、写真も) 

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