イスラエルのガンツ前国防相が戦時内閣からの離脱を表明した。パレスチナ自治区ガザの保健当局によると犠牲者数は3万6000人を超え、イスラエルに即時停戦を求める国際世論は高まっている。イスラエルが国際社会から孤立していく中、中道路線とされるガンツ氏の離脱で連立政権内の極右政党の影響力は高まり、パレスチナへの強硬姿勢がさらに強まるとの懸念も広がる。(曽田晋太郎)

◆アメリカにとって対話できる相手

 ガンツ氏は元軍参謀総長で、野党の中道政党「国家団結党」の党首。ネタニヤフ氏に、ガザでの戦闘終結後の統治計画を今月8日までに示すよう求めていたが応じなかったため、離脱を表明した。昨年10月のガザでの戦闘開始直後、国民の団結が必要だとして、戦時内閣に加わった。米国からの信頼が厚く、極右政党による政策決定に歯止めをかけるとの期待も報じられてきたが、実態はどうか。

バイデン米大統領=資料写真

 慶応大の錦田愛子教授(現代中東政治)は、ガンツ氏について「米国と特に強いつながりがあるわけではない。バイデン米大統領は極右内閣を率いるネタニヤフ氏について政治的に期待しておらず、ガンツ氏の方が対話できる相手ということだろう」とみる。

◆ネタニヤフ支持率は伸びている

 イスラエルメディアの世論調査では「次の首相」にふさわしい人物として、ネタニヤフ氏をリードするガンツ氏。錦田氏は、戦時内閣離脱に至った背景に、政治的な思惑もあるとみる。

2022年8月30日、ガンツ・イスラエル副首相兼国防相(左)と会談した林芳正外相(肩書はいずれも当時)=外務省ホームページより

 というのも、先月、戦争犯罪容疑などで国際刑事裁判所(ICC)に逮捕状を請求されたネタニヤフ氏らへの同情的な空気感や、今月、ガザ中部ヌセイラトでイスラエル軍が人質4人を奪還した作戦を受け、同国内では一時的にネタニヤフ氏への支持率が伸びているからだという。  「ガンツ氏が戦時内閣に加わったのは、ポスト・ネタニヤフを狙い政治的支持を獲得する意図があったと思う。国会解散や戦闘終結の見通しがなく政権交代の機会をうかがえないと考え、戦時内閣に残っている意味はないと判断したのでは」と錦田氏は推察する。ガンツ氏の離脱に伴い戦時内閣の正当性は失われたとして「まともな意思決定ができず、過激な政策に歯止めが利かなくなる可能性がある」と停戦が遠のくことを危ぶむ。

◆ネタニヤフ支持率は伸びている

 中東ジャーナリストの川上泰徳氏も「今後、ネタニヤフ氏は停戦に反対する極右政党の主張を抑えることができなくなる。ガザでの戦闘がさらに過激化する可能性がある」と懸念。「イスラエル国民の『戦争反対』の声は強まる。政権が極右に傾くことで国内の政治的な分断や国際社会での孤立はさらに深まるだろう」と混乱も予測する。

2014年5月13日、来日したネタニヤフ首相(左)と握手を交わす岸田文雄外相(当時)=外務省ホームページより

 他方、ガンツ氏自身も、ガンツ氏率いる国家団結党の幹部エイゼンコット氏も、軍トップの軍参謀総長経験者であることに着目。この2人が戦時内閣から抜けることで「政権と軍の信頼関係が揺らぎ、終わりの見えない戦闘に軍の不満が強まる懸念もある」とした。  人質奪還を巡りガザの保健当局は今月9日、子ども64人を含むパレスチナ人274人の死亡を発表。国連安全保障理事会が10日、イスラエルとイスラム組織ハマスに、バイデン氏が5月末に公表した停戦案の履行を求める決議案を採択するなど、即時停戦を求める国際世論は強まっている。川上氏は「これまでイスラエルに武器を提供してきた米国や、追随してきた欧州や日本などの主要国が、明確に戦争停止を求める時期に来ている」と警告する。 

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