20日は国連が定める「世界難民の日」だった。日本にも母国での迫害から逃れてきた人々がいる。だが、その全てが難民認定されているわけではない。10日には難民認定の申請回数を原則2回までに限る改正入管難民法も施行された。日本で難民の認定数はやや増えているが、保護する意識が強まっているといえるのか。安全を求めて日本に渡った人々から話を聞き、考えた。(山田雄之、山田祐一郎)

◆「私たちはこの世界で人間ではない」

 世界難民の日を前に、ミャンマーで迫害を受けるイスラム教徒少数民族ロヒンギャの文化に触れるイベントが16日、群馬県館林市で開かれた。  同市には日本最大のロヒンギャコミュニティーがある。在日ビルマロヒンギャ協会のアウンティン副会長(56)は、民族の境遇をこう言い表した。「私たちはこの世界で人間ではない。そう思っている」  ロヒンギャはミャンマー西部ラカイン州を中心に暮らす。仏教徒が9割とされる同国で、ロヒンギャは自動的に国籍が与えられる先住民族とみなされず、多くの人が無国籍状態だ。

竹やビニールシートで作った小屋が密集するロヒンギャ難民のキャンプ=2018年11月、バングラデシュ南東部コックスバザールで(北川成史撮影)

  2017年8月には同州で、ロヒンギャの武装勢力と国軍など治安部隊が衝突。殺人、性暴力などロヒンギャに対する迫害が広がり、隣国バングラデシュへの大規模な難民が発生した。  アウンティンさんも同州出身。国軍の迫害を避けるために1992年に来日し、工場などで働いて、2015年に日本国籍を取得した。バングラデシュ南東部コックスバザールの難民キャンプに学校を開くなどの支援を続けている。

◆忘れかけられている「ロヒンギャ」

 スピーチでアウンティンさんは、ロヒンギャへの迫害を写真を使って説明した。銃撃で片足を失った少年、両親を亡くした子ども、バングラデシュに向け、列になって川を渡る人々—。「7年近くたち、世界中でいろんな問題が起きて、ロヒンギャ難民が忘れられかけている」と危惧した。  アウンティンさんは今年4月、難民キャンプを訪問した。「電気はなく、食べ物は不足し、病気も治療できない大変な状況だ。仕事がない中でお金を得るため、人身売買や臓器売買が起き、麻薬の運び屋になる人もいる」と懸念を表した。

◆「無国籍」なのに徴兵される理不尽

 国連によると、バングラデシュのロヒンギャ難民は約100万人。「多くのロヒンギャが長くいる現状はバングラデシュで歓迎されていない」と声を落とす。

イベントでスピーチするアウンティンさん=群馬県館林市で

 一方、ラカイン州では現在、国軍と少数民族ラカイン人の武装勢力との戦闘が激化している。  「ロヒンギャが巻き込まれている。国軍の空爆で家が燃やされて住む場所を失っている」。アウンティンさんは同州にいる親族などから、苦境を聞いている。だが、日本で集めた募金を送ろうとしても、現地の金融機関が機能しておらず振り込めないという。さらにこう憤る。「無国籍にもかかわらず、ロヒンギャが国軍に徴兵され、『人間の盾』にされて死んでいる。決して許されない」

◆日本の多くの人に知って欲しい

 イベントでは、ロヒンギャをテーマに20日に発刊された絵本「ぼくたちのことをわすれないで」(佼成出版社)の作者の由美村嬉々(きき)さんによる読み聞かせもあった。由美村さんは「世界に難民が多くいて、命をも脅かされているロヒンギャがいることを日本の多くの人に知ってほしい。自分ごとに置き換えて、何かできないかを考えてほしい」との思いを絵本に込めた。

ロヒンギャをテーマにした絵本を読み聞かせる由美村嬉々さん(左)=群馬県館林市で

 読み聞かせを聞いていたアウンティンさんは「日本の皆さんがロヒンギャの未来を考えてくれるのは本当にうれしい」と語った。

◆学んだ技能でシリアに貢献したいが…

 日本では、内戦が続くシリアの難民について、留学生として受け入れる仕組みが17年からある。政府の方針の下、国際協力機構(JICA)が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と連携して実施している。  対象者の一人、アナス・ヒジャゼィさん(35)は19年に来日して大学院に進学した。日本で就職し、コンサルタントとして働く。「母国に戻れたら、日本で学んだ技能を使って貢献したい」と話すが、「アサド政権下で戻れば逮捕されて拷問され、殺される可能性が高い」という。

◆難民は恐れられる存在ではない

 西部ホムス市で、家族6人で暮らし、11年の内戦勃発時は大学3年だった。自宅を破壊され、国内避難を繰り返した後、13年に隣国レバノンに逃れた。「精神的には非常に困難だった」と顔をしかめる。シリア人と分かると、物を投げ付けられたり、殴られたりという差別を受けた。「給料もレバノン人の半分以下で最下層の扱いを受けた。『国に帰れ』と言われるのも慣れてしまった…。レバノンでは希望はなかった」

シリア内戦と日本への留学について話すアナス・ヒジャゼィさん=東京都千代田区で

 国際社会や日本政府に求めることは多い。「一番弱い立場の女性や子どもなどをもっと救ってほしい。国際社会で難民に対するイメージを変えてほしい。難民にも価値があり、恐れられる存在ではない。誰でも難民になり得る。肌の色に関係なくサポートが必要だ」

◆難民認定率「3.8%」、欧米とは落差

 アナスさんが利用した仕組みは、周辺国に避難し、UNHCRに難民と確認されたシリア人が対象だ。これまで79人が来日し、うち48人が日本で就職した。ただ、同様の仕組みはシリア難民以外にはない。軍事クーデター後、国軍の弾圧が起き、国外避難者が続出しているミャンマーについても導入を求める声がある。  JICAは「他国へ広げたいと考えているが、UNHCRなどとも連携が必要」という説明にとどめた。  日本での難民認定のハードルは高い。昨年、認定者数は303人と過去最多だったが、認定率は3.8%でいずれも欧米諸国を大きく下回る。NPO法人「難民支援協会」の田中志穂さんは「認定数が増えているとはいえ課題は多い」と指摘する。「留学生や就労の形で受け入れを拡大し始めているが、同時に、本来やるべき難民認定をしっかりと行う必要がある」

◆改正法は「難民条約の理念に反する」

 改正入管難民法は、難民認定申請中は強制送還を一律に停止する規定に例外を設け、3回目以降の申請者は難民と認定すべき「相当の理由」がない限り送還可能とした。  だが、難民条約には、難民の可能性がある人を迫害の危険がある国に送還してはならないという規定がある。田中さんは「難民条約の理念に反する内容で、当事者の不安、支援者の懸念は強い」と話す。

東京出入国在留監理局

 ロヒンギャのアウンティンさんも「いつ戻されるのか分からない不安が付きまとう」とし、改正の意図をいぶかしむ。

◆独立した認定機関がないことが問題

 「近年、世界では分断が広がり、欧米諸国が移民や難民に厳しい姿勢を見せている。だがそれでも日本より多くの難民を受け入れている。日本には、(取り締まりも受け持つ)出入国在留管理庁から独立した難民認定機関や人権擁護機関が存在しないのが問題だ」と話すのは明治学院大の阿部浩己教授(国際人権法)。昨年、日本はウクライナからの避難民を想定し、難民に準ずる「補完的保護対象者(準難民)」の制度を導入したが「保護する人を広げているように見えても、難民認定の基準は厳しいままでダブルスタンダードが作られている」と指摘する。  阿部さんは強調する。「難民問題は一つの国によって解決できるものではなく連帯が求められる。その中で日本は相応の責任を果たさなければならない。国際社会から見れば日本の難民受け入れは極めて不十分で、責任を果たしているとは言えない」

◆デスクメモ

 世界で戦争や迫害で家を追われた人は過去最多の約1億2000万人。国連が先日発表した。ガザやミャンマー、スーダンでの紛争などが影響しているという。日本の総人口に匹敵する。日本はその人道危機の規模に見合った対応をしているか。難民の日に合わせ、見つめ直す必要がある。(北) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。