<米保守の潮流>
 メキシコとの国境の街、米西部アリゾナ州ノガレス。急勾配の丘をはうように高さ5メートルほどの壁とフェンスが切れ目なく続く。メキシコ側はのどかな住宅地。買い物袋を手にした住民が歩いている。その様子を撮影していると、国境警備隊の車が近くに止まった。(米アリゾナ州トゥーソンで、鈴木龍司)=敬称略

アリゾナ州ノガレスで、移民の侵入を防ぐ壁が建つ国境沿いを警備する車=鈴木龍司撮影

 民主党の大統領ジョー・バイデン(81)は4日、寛容的だった移民政策を転換する大統領令に署名。国境からの不法越境者が1日平均2500人を超えた時点で、亡命申請を受理しないといった厳しい措置を取り始めた。以後、国境の警備も厳しくなったようだ。

◆「移民は仕事を奪う」

 国境から北へ100キロ。ピマ郡トゥーソンの共和党支部では14日、不法移民を「人ではなく動物」と言ってはばからない共和党の前大統領ドナルド・トランプ(78)の支援集会が開かれていた。  「移民は仕事を奪う。税金は市民のために使われるべきだ」。同党支部長のデーブ・スミス(71)は、そう批判した上で「面白い現象がある」と切り出した。自身と同じ白人の保守層にとどまらず、リベラル色が強く民主党寄りとされた中南米系の有権者にトランプ支持が広がりつつあるという。「中南米系の共和党議員候補も次々と出馬している」と胸を張った。

トランプ前大統領の支援集会に参加する中南米系のフェリックス・モレラ(左)とイベット・セリーノ=鈴木龍司撮影

 記録的なインフレが続く地元ではホームレスが増加。低賃金のブルーカラーが多い中南米系の間で、移民の支援に多額の税金を注入する民主党政権への不満が充満している。

◆違法薬物、治安悪化…同胞に敵意隠さず

 バイデンをやゆする絵柄のTシャツに、「米国を再び偉大に」と書かれたメキシカンハット。集会の会場でひときわ目立っていた中南米系の工員、フェリックス・モレラ(55)もトランプに傾倒している。「誰なのかも分からない移民がどんどん逃げ込んでくる。バイデンは米国を破壊している」。不法越境者には同胞も含まれるが、敵意を隠さなかった。  中南米系の保守団体の幹部を務めるイベット・セリーノ(46)は「中南米系の住民が最も生活のやりくりに苦しんでいる」と仲間の声を代弁。違法薬物や治安悪化への懸念も示し、こう言い切った。  「トランプなら秩序を取り戻してくれる。次の大統領選の重大性を知る中南米系は、(共和党に)乗り換える」   ◇  ◇

◆米社会に同化して保守化

 11月の米大統領選では、移民政策が主要な争点となっている。急増する不法越境者が生活を脅かすとして、白人の保守層に加えて、民主党寄りとされる中南米系の住民にも「反移民」の声が強まる。選挙戦を前に、移民大国の内向き化が進む。

一時保護施設で、職員の支援を受けて亡命に必要な書類などを準備する移民たち=鈴木龍司撮影

 メキシコ国境から北へ100キロの米西部アリゾナ州トゥーソン。15日、カトリック系の団体が運営する移民の一時保護施設「カーサ・アリタス」を訪ねると、職員が「ここへ来る移民の数はすごく減った」と近況を明かした。  政府の資金と寄付で営む施設は2021年以降、計49万人の移民を受け入れ、亡命申請のサポートや食事、ベッドの提供に当たってきた。ピーク時の23年末は1日1600人以上を受け入れたが、大統領のバイデンが国境管理を厳格化した今月初旬以降は平均100人余にとどまる。  中南米やアフリカ出身の移民は戦争、迫害、経済危機から逃れるために米国を目指すケースが多い。施設で支援を受けるベネズエラ人の男性(36)は「母国では食べ物も入手できない。未来をつかむために米国に来た」と語った。施設の食堂や個室には幼い子どもや妊婦の姿もあった。職員は人道的な観点から「強制送還された人もいる。とても悲しい」と漏らした。

◆メキシコ国境の激戦州アリゾナ

 多様性を重んじる民主党は移民の受け入れに寛容だ。バイデン政権は入国前に亡命の申請をするよう促しているが、申し込みに数カ月かかることもあり、国境の壁の隙間などから不法に入国する人が後を絶たない。国境の拘束者数は3年連続で過去最高を更新し、23会計年度は約247万人に達した。AP通信の3月の世論調査では約7割が国境政策を「支持しない」と回答し、再選を期すバイデンの懸念材料になっている。  特に神経をとがらせるのが、メキシコ国境に接する中で唯一の激戦州といわれるアリゾナ州の動向だ。伝統的に共和党が優位だが、前回はわずか1万票差でバイデンが勝利。当時の米紙の出口調査では人口の3分の1を占める中南米系の6割超の票を固め、勝因になったとされる。  ただ、今回は移民に強硬姿勢を取る前大統領のトランプが追い上げ、CBSテレビの5月の世論調査では同州の中南米系の支持率は両氏が49%で並ぶ。国境の現状を7割が「危機」や「問題」と捉え、4割が移民の流入で状況が「悪くなった」と答えており、移民政策への不満が影響しているとみられる。全有権者の支持率は中南米系の支持を拡大するトランプが5ポイント差でリードしている。

◆「移民で築かれた国。それが美点のはずだ」

 反移民の急先鋒(きゅうせんぽう)に立つ同州選出の共和党下院議員のアンディ・ビッグスは、バイデンの政策転換を「世論調査の結果が悪く、選挙が近いからだ」と一蹴する。一方、ピマ郡管理委員会のトップを務める民主党のアデリータ・グリハルバは「米国は移民によって築かれた国で、それが美点の一つだったはずだ。(トランプは)憎悪をあおっている」と嘆く。  アリゾナ大教授のサマラ・クラーは「社会的、経済的な階層が低い(中南米系などの)非白人の住民が米国社会に同化するにつれて保守化し、共和党支持が高まる可能性がある」と見通した。 

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