世界中の注目を集める11月の米大統領選。国際情勢を左右し、世界の民主主義にも大きな影響を与えそうです。先日行われたテレビ討論会を踏まえ、ニュースキャスターでジャーナリストの安藤優子さんに寄稿してもらいました(安藤さんには今後も、さまざまな社会課題に関して随時、寄稿をいただく予定です)。

 安藤優子(あんどう・ゆうこ) 1958年生まれ。上智大卒。学生時代からキャスターとして報道番組に出演。87年以降、フジテレビ系を中心にニュース番組で取材・放送に従事。湾岸戦争などの現地取材や、国内外の要人への豊富なインタビュー経験で知られる。2008年、上智大院グローバル・スタディーズ研究科の修士課程修了。19年にグローバル社会学博士号取得。椙山女学園大学外国語学部客員教授。近著に「自民党の女性認識ー『イエ中心主義』の政治指向」(明石書店)。

◆スマホの不調かと音量を上げてみた

安藤優子さん

 まさにテレポリティクスそのものだった。6月27日に行われた米大統領選の、バイデン大統領vsトランプ前大統領の第1回テレビ討論会である。  スマホの小さな画面をCNNのライブ配信に切り替えて、始まる前からじっと凝視していた私は、開始直後からのバイデン氏の異変にびっくりした。声がかすれてよく聞こえない。何度もスマホの不調かと思って音量を上げてみたが、やはり聞こえない。  そもそも普段からも、そんなに活力に満ち満ちた弁舌が「売り」ではないバイデン氏だが、相手が大声でまくしたてるトランプ氏となると、その弱々しいかすれ声がいっそう頼りなく映る。おまけにせき込む場面や、言葉につまってしまうこともあって、テレビの画面は容赦なくライブとして、世界中にその現実を伝えることになった。  テレポリティクス、大まかに言えばテレビを通じての政治活動やキャンペーンだが、米国の大統領選は常にその最たるものだ。

◆「お前が悪い」非生産的な応酬に終始

 大統領候補同士が巨額をつぎ込んでテレビCMを展開し、自分のポジティブなイメージを最大限ふくらませてみせ、相手候補のネガティブな情報を繰り返し流す。時間制限があるので、使われる言葉は最小限で最大限のインパクトを生むフレーズにしぼられ、どちらかというと、視覚に訴える映像がカギを握る。今回のテレビ討論はそんなテレポリティクスそのものだった。討論の内容よりも、画面に映し出された両者の様態の方が大きな注目を集めたからである。  討論は経済、インフレについての質問から始まったが、「アンタが悪い」「いや、それはアンタが原因を作ったから」などと、どちらが「より悪いヤツ」かという非生産的な応酬に終始していた。だから余計に声や目つきなどの様態ばかりがクローズアップされたのかもしれない。バイデン氏については、民主党系の読者が比較的多いとされるニューヨーク・タイムズ紙が、大統領選からの撤退を社説に掲げたほどである。

◆自分の敗北すなわち「民主主義の否定」

演説するバイデン氏(2020年2月)

 ただ、ひとつだけ私が注目した質問がある。司会のCNNのアンカーであるタッパー氏が「ドナルド・トランプと彼の共和党の支持者たちは米国の民主主義を壊そうと意図しているが、これからトランプ氏に投票しようとしている大勢の人々は米国の民主主義に反対しているということか?」と問いただした部分だ。  これに対してバイデン氏は「これまで彼(トランプ氏)が何をしてきたかを知れば知るほど、その答えはイエス」だと答えた。つまり、バイデン氏は自分が敗北することは今の米国の民主主義の否定だと言い切ったのである。

◆「大統領選にテレビCM」の驚き

 話は突然50年ほど前にさかのぼってしまうが、私が高校生で米ミシガン州に留学した1976年は、共和党現職のフォード大統領と民主党のジミー・カーター候補が闘った大統領選の年で、なおかつ建国200年というアニバーサリー・イヤーでもあって、ベトナム戦争の敗北からの虚無感と、建国のお祝い気分とがないまぜになった不思議な空気がただよっていた。

演説するトランプ氏(2020年1月)

 ホームステイ先のデトロイト郊外のベイリー家はかなり裕福でかつ大家族で、いつも誰かが何かささいな「事件」を引き起こしては、家族がワイワイしながら解決をする、ちょっとしたホームドラマさながらの日常がそこにある家だった。  そして、テレビをつければ農作業服を着たカーター氏がトラクターを運転し、ひよこに頬ずりする映像が繰り返し流されていて、大統領選にテレビCMが使われていることを初めて知り、仰天した。

◆大学院を辞め選挙陣営に投じた若者

 さらに、パパは共和党支持、ママは民主党支持という「ねじれ」状態で、特に熱心に戸別訪問に訪れる民主党の若きイケメンボランティアに対するママの歓迎ぶりはかなりのものだった。  あるとき、そのイケメンボランティアが実は名門大学の大学院を辞めてカーター陣営に参加しているということを聞きかじった私は、思いきって彼にたずねた。「なぜそんなすごい大学院を辞めてまでボランティアになったのですか?」と。すると彼はこともなげに「今やるべきことをしなければ、今後の4年間僕は文句を言う資格がないと思ったから」と答えた。私にとっての米国の民主主義への理解は、この彼の言葉が原点だ。 2024年の大統領選、米国の民主主義はどこに向かっているのだろうか。 

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