【ソウル=上野実輝彦】韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は15日、日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節」の式典で演説した。自由民主主義の価値観に基づいた南北統一に向け、北朝鮮との協議体設置などを盛り込んだ「8.15統一ドクトリン(原則)」を示した。演説の大部分を統一関連に割き、対日関係や歴史問題には言及しなかった。

◆「北朝鮮住民が自由統一を求めるよう」

 尹氏は「分断体制が続く限り、光復は未完成だ」と指摘。韓国内での自由の価値観確立や、北朝鮮住民が自由統一を求めるような変化の促進、国際社会との連帯が課題になると話した。

韓国の尹錫悦大統領=2023年4月

 統一実現の具体策として、南北実務者レベルの協議体設置を提案。「緊張緩和や経済協力、人的往来、人道的懸案も協議できる」と呼びかけた。  国内外の機関と協力し北朝鮮の人権状況を広く知らせる「国際人権会議」の設置や、北朝鮮住民が外部情報に触れられるようにする「情報アクセス権」の拡大、脱北者の積極登用などに取り組む考えも強調した。ドクトリンは統一に向けたビジョンと戦略、行動計画で構成される。

◆日本と対等に競争…自信の表れも?

 北朝鮮は統一政策の放棄を打ち出しており、韓国との協議に応じる可能性は低いとみられる。  日本に関しては、昨年の1人あたりの国民総所得(GNI)が日本を上回ったことなど、経済関連で言及しただけで、歴史や外交・安全保障の文脈では触れなかった。昨年の演説では「共同の利益を追求するパートナー」だとし、日米韓の枠組みを含む協力強化を呼びかけていた。  大統領府高官は演説について「対日関係の自信を示したものだ。韓国は自由の価値に基づいて経済成長し、日本と対等に競争できるようになった」と語った。    ◇

◆金正恩政権との対話を実質的に否定

 尹大統領が15日の演説で発表した「統一ドクトリン」。自由民主主義の価値観を前面に打ち出した内容は、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)政権との対話を実質的に否定し、韓国の体制による「吸収統一」を目指す宣言とも受け取れる。北朝鮮の住民が外部情報に接する機会を「拡大する」と明言する尹政権に、北朝鮮はますます警戒を強め、対立が固定化しそうだ。

韓国の大統領府

 「自由を剝奪された凍土の王国、貧困と飢餓に苦しむ北側に、私たちの自由を拡張しなければならない」。尹氏が演説で語りかけた相手は、北朝鮮の政権ではなく住民だった。

◆「北は体制競争の敗北を認めた」

 韓国憲法は、北朝鮮を含む朝鮮半島全体を領土と規定した上で、自国は「統一を指向し、自由民主主義的な基本秩序に基づく平和統一を推進する」とうたう。尹氏の演説はその精神に沿う。従来に増して露骨な表現からは、南北の体制競争で完全な優位に立つ自信が漂う。  金正恩朝鮮労働党総書記は昨年末、南北は「敵対的な二つの国家」だとして、統一を放棄する路線に転換した。1991年に締結された南北基本合意書では、韓国と北朝鮮は国と国の関係ではなく「統一を目指す過程で暫定的に形成される特殊関係」とされたが、この原則を否定した。正恩氏は近年、韓国ドラマなどの情報流入により体制が揺らぐことに神経をとがらせる。韓国の専門家らは「北朝鮮が体制競争の敗北を認めた」と受け止めている。

◆民族共同体統一案の枠組みは維持

 尹政権はかねて、1994年に金泳三(キムヨンサム)大統領が発表した「民族共同体統一案」の改定を目指していた。同案は南北が和解・協力を進め、二つの政府による過渡的な体制を経て、最終的に「1民族1国家」を目指すもので、韓国政府の公式見解として維持されてきた。

北朝鮮と韓国の軍事境界線に位置する板門店

 だが、韓国内で保守・革新の両陣営が対立しており、改定はほぼ不可能。超党派的な統一政策に手を加えれば、政権が代わるたびに改定を繰り返すことになりかねず、学者らの反対が強かった。そこで、民族共同体統一案の枠組みは維持したまま、推進戦略などを示して補完する「ドクトリン」の発表に落ち着いた。

◆金政権は統制強化…「統一は遠ざかる」

 大統領府高官は「この30年、第1段階である和解・協力すらまともに進まなかった。北朝鮮の善意を願うのでなく、われわれが先制的に実践する行動計画が必要だ」と説明する。  ただ、北朝鮮の住民に「自由」の価値観を伝えて政権の崩壊を期待するかのような手法の有効性を疑う声もある。北韓大学院大の梁茂進(ヤンムジン)教授は、民族共同体統一案は和解・協力を通じて北朝鮮政権の性格を変化させることを想定していたが、今回のドクトリンは一方的に体制崩壊を目指すものだと指摘。「韓国が吸収統一を強調するほど、北朝鮮は『2国家』体制を強化して住民統制を強める。統一はむしろさらに遠ざかる」と危ぶむ。(ソウル・木下大資) 

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