東京電力福島第1原発の処理水放出に反発し、中国政府が日本産水産物の輸入を全面禁止して24日で1年になる。中国でも人気を博した日本の海鮮はこの1年で中国産や他国産に取って代わられ、中国市場で築いてきた地位を失った。その一方で処理水を「核汚染水」と呼んで不安をあおる手法は中国自身にも跳ね返り、海鮮自体の消費低迷や関連産業への悪影響を招いている。(大連で、河北彬光)

◆「日本産」は死語…ノドグロは韓国産に

 遼東半島に位置し、水産都市として知られる遼寧省大連市。かつてほぼ全て日本産のみを扱ってきた海産物販売会社の店舗には今、中国産や他国産だけが並んでいる。禁輸を受け、経営者の中国人女性(49)が商社などを頼って代替品の確保にこぎ着けた。

中国・大連で7月末、かつて日本産を扱ってきた海産物販売店に並ぶ他産地の鮮魚。人気の本マグロは「西班牙」(スペイン)の産地表示(左上)が掲げられている=河北彬光撮影

 日本産のブリやタイ、アジ、カツオなど大半を中国産に切り替え、需要が高かった本マグロはスペイン産、アマダイやノドグロは韓国産にした。中国全土に卸す女性経営者は「日本の鮮魚文化を広めたくて一生懸命やってきたが、『日本産』は死語になってしまった」と残念がる。ただ、日本産がなくてもビジネスが成り立つのも事実という。  中国は米国に次ぐ世界2位の水産物の輸入大国だ。中国税関の統計に基づき本紙が集計すると、主要な国からの水産物の輸入総額に占める日本の割合は、2023年上半期で3.8%と国別で7番目に多かった。

◆今も「健康を害する」投稿相次ぐ

 禁輸後の24年上半期には日本がシェアを失った半面、カナダが前年同期比7%、インドネシアが32%、ベトナムが14%それぞれ増やした。ウクライナ侵攻後も中国と良好な関係を保つロシアは8%減ながら2位のカナダを大きく上回り、処理水問題後も中国の水産物需要を支えている。  もともと日本にとって中国本土は香港に次ぐ第2の輸出先だっただけに、禁輸が日本の経済的打撃になっているのは間違いない。ただ中国政府が「核汚染水」との言葉で日本を批判するのに呼応し、中国メディアやインターネット上で今も相次ぐ「健康を害する」との言説は、日本産に限らず海鮮自体への不信感も植え付けた。  水産業界関係者によると、中国は淡水魚を食べる習慣があるため、特に内陸部で海鮮を避けて淡水魚に切り替える動きが強まっている。複数の業界関係者が「海鮮自体の消費が落ちている」と口をそろえる。

◆「高い海鮮を敬遠」景気減速も拍車

 中国の景気減速が海鮮の消費低迷に拍車を掛けている側面もありそうだ。海鮮は他の食材より高価なこともあり、業界関係者は「市民が財布のひもを締める中、処理水問題でわざわざ高い海鮮を食べなくていい理由ができてしまった」と指摘する。冒頭の大連の海産物販売会社は日本産から他産地に切り替えた今も、売上高が処理水問題前の7割減と苦境が続く。  かつて日本のホタテは中国で重宝され、中国沿海部には日本から仕入れて加工する業者も多くいた。だが禁輸で立ちゆかなくなり、ベトナムなどの東南アジアへ移転したという。事情に詳しい関係者は「関連の雇用も失われ、中国にとっては投げたブーメランが自分に返ってきている」と言い表した。   ◇  ◇

◆大使館への迷惑電話、今も2万件

 処理水問題を巡る日中両政府の協議は平行線のままだ。日本産水産物の禁輸撤廃を日本側が求めているのに対し、中国側は現行の国際原子力機関(IAEA)の調査にとどまらず「長期的な国際監視体制」の構築を要求し、双方の妥協点が見いだせない状況が続く。  日本を標的にした嫌がらせの電話は、今も北京の在中国日本大使館に寄せられている。最近は1日に2万~2万5000件の電話があり、この大半が嫌がらせや迷惑電話。中国語でまくし立てたり、無言を続けたりするケースが多い。1年前は1日4万件に達したのに比べれば減ったが、処理水問題前は数百件に過ぎなかったといい、桁違いの異常な件数が続いている。  一方、中国生態環境省が6月公表した2023年の年次報告によると、中国近海の海水と海洋生物の放射性物質濃度に異常はなかった。ただ中国外務省は「日本は真剣に国際社会の懸念と向き合い、責任ある態度で処理するべきだ」と従来の主張を繰り返している。(北京で、河北彬光) 

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