11月の米大統領選に向けて人工妊娠中絶の権利を巡る是非が争点化する中、西部アリゾナ州のノーザン・アリゾナ大教授のニコール・ウォーカーさん(52)は、中絶禁止の動きに歯止めをかけるため、自ら望まない妊娠と中絶の経験を明らかにして権利擁護のため走り回っている。「権利は誰もが持つべきもので、誰にも奪うことはできない」。ウォーカーさんが本紙にその思いを語った。(アリゾナ州フラッグスタッフで、鈴木龍司、写真も)

◆トランプ政権下での最高裁判断に危機感、告白を決意

中絶の経験を公表し、女性の権利擁護の運動に携わっている思いを語るウォーカーさん

 2022年8月、ウォーカーさんはニューヨーク・タイムズ紙に「11歳での中絶は選択ではなかった。それは私の人生だった」と題して寄稿した。ベビーシッターからの性的虐待で妊娠し、中絶した経験をありのままつづった。中絶はその後の人生をどう生きるかを決める女性の権利だと訴え、読者の反響を呼んだ。  「過去を語ることは避けてきた」と振り返るウォーカーさんが「隠すべきではない」と思い直したのは、同年6月に連邦最高裁が下した判断がきっかけだった。トランプ政権下で指名された保守派の判事が中絶を憲法上の権利として認めた1973年の「ロー対ウェード判決」を破棄した。  大学進学を控えていた娘や夫への影響も気になったが、「中絶が認められない世界だったら、今の家族との幸せな人生はなかった」と寄稿に踏み切った。

◆中絶禁止の州多く「米国はドミノ倒しのように後退」

 米国では、聖書の教えを厳密に守るキリスト教福音派をはじめ、保守層に「受精の段階から生命」との価値観が根付いており、中絶禁止の支持者が目立つ。寄稿文を発表する際、周囲からは誹謗(ひぼう)中傷への不安が漏れたが、大半のメールは中絶に悩む女性からの相談や激励だったという。  ただ、同紙電子版によると、8月23日時点で共和党が強い南部を中心に14州が中絶をほぼ全面禁止し、ウォーカーさんが暮らすアリゾナ州を含む8州が妊娠早期の中絶を禁じている。「世界が生殖の自由を与える方向に進む中、米国はドミノ倒しのように後退してしまっている」。強い危機感を抱き、その後もイベントなどで体験を語ってきた。

◆ハリス氏に期待感、激戦州の勝敗にも影響か

 一方、民主党の大統領候補が女性のハリス副大統領(59)に代わり、中絶が一段と脚光を浴びるようになったことを追い風ととらえている。バイデン大統領(81)の撤退前から中絶の権利擁護のキャンペーンに携わってきたハリス氏とは、集会で顔を合わせたことがある。  激戦州の一つのアリゾナ州では大統領選と同じ日に、州憲法に中絶の権利を明記するための住民投票が予定され、「(相乗効果で)民主党への投票が増える」と予想する。  ただ、教授の立場上、特定の党派に偏った政治活動は控えている。教え子の学生らには「自分の人生を自分で決めることができる社会」の尊さを伝え、大統領選への投票を呼びかける。 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。