9月2日の「レーバーデー(労働者の日)」の祝日。東部ペンシルベニア州ピッツバーグでは、約6万5000人の労働組合員らが市街地約1.6キロをパレードした。行列の後方には、グレーのTシャツを着たひときわ大規模な集団。全米で約85万人の組合員を持ち、ピッツバーグに本部を置く全米鉄鋼労働組合(USW)の関係者らだ。
(ピッツバーグで、浅井俊典)=文中敬称略

2日、米ピッツバーグ市街地をパレードする労働組合員ら(浅井俊典撮影)

◆日鉄の買収に反対「安全保障の問題」

 主要産業が衰退したラストベルト(さびた工業地帯)を代表する「鉄鋼の街」は今、当地に本社を構える米鉄鋼大手USスチールの日本製鉄による買収計画で大きく揺れている。  「これは安全保障の問題だ。鉄鋼は米国のインフラの重要な一部なのだから」。USW会長のデビッド・マッコールは組合員らと行進を終えると、買収計画に反対するUSWの立場を繰り返し、記者団に訴えた。

取材に応じるUSWのマッコール会長(浅井俊典撮影)

 マッコールは自らを「4代目の鉄鋼労働者」と呼ぶ。曽祖父が1901年に中西部インディアナ州で鉄鋼の仕事に就いてから、祖父も母親も同じ仕事に就いた。米国の鉄鋼の歴史は家族の歴史と重なり、「私たちは世界中で最も生産性の高い鉄鋼労働者だ」と誇る。  かつて世界最大手だったUSスチールも、近年はアジアや欧州の鉄鋼会社に押され、身売りを含めた経営の見直しを表明。昨年12月に日鉄が買収の方針を発表した。  ところが大統領選を控えた今年、共和党前大統領のトランプが買収阻止を主張すると、民主党副大統領のハリスも2日にピッツバーグでの集会で反対する姿勢を表明。激戦州ペンシルベニアの労組票は大統領選の結果を左右する可能性があるからだ。

米ピッツバーグ近郊のUSスチール工場の入口にある伝説の鉄鋼労働者「ジョー・マガラック」の像(浅井俊典撮影)

 USWを傘下に持つ全米最大の労組連合「米労働総同盟産別会議(AFL・CIO)」によると、同州の組合員は州内有権者の20%を占める。2016年大統領選ではトランプが同州で民主党のヒラリー・クリントンに0.7ポイント差で競り勝ち、逆に2020年選挙では民主党大統領のバイデンがトランプを1.2ポイント差で制した。AFL・CIOは「労組の有権者が大統領選を決める」と自負する。

◆労働者には「雇用がすべてなんだ」

 日鉄はピッツバーグの本社を維持し、生産や雇用の海外移転は行わないなどの方針を示して理解を求めるが、組合側は反対の姿勢を崩さない。  1982年に閉鎖された製鉄所跡の保全に携わる郷土史家のロン・バラフ(60)は「約120年間、USスチールの経営下にあったものが、新たな経営者のものになる。何が起こるか分からないことが労働者を不安にさせている。彼らにとっては雇用がすべてなんだ」と説明する。  11月5日投開票の大統領選でUSWや主要な労組はハリスへの支持を表明した。しかし、米国では最終的に組合員の選択が尊重されるため、トランプ陣営は現状に不満を持つ労働者票の取り込みを狙う。  製鉄所内の炉の修理などに関わるれんが職人のトミー・マッケルビー(29)は過去2回の大統領選でトランプに投票した。「トランプの時代はガソリンも食料品も安くて良かった。それから状況はどんどん悪くなっている」と話す。

米ピッツバーグにある製鉄所跡で鉄鋼の歴史を語るロン・バラフさん(浅井俊典撮影)

 エンジニアのハンター・ホミック(25)は、両候補の政策を比べた上で誰に投票するかを決めるつもりだ。「人生を前進させてくれる候補がいい。仕事や家族のために最善の選択をしたいんだ」  鉄鋼の街の熱い戦いは投開票日ギリギリまで続く。 

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