日本で中国政府に批判的な活動をした在日中国人に中国当局が圧力をかけている―。国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウオッチが10日、こんな報告書を公表した。中国当局による国境を超えた圧力は各国で報告されてきたが、日本では近年特に監視が強まっている可能性があるという。ネット上では日中間で互いを中傷するような表現があふれる中、どう受け止めればいいのか。(森本智之)

◆中国の警察が家族のもとを訪れ…

 「よくある話。このところ圧力はどんどんひどくなっている」。首都圏に暮らす中国出身の女性は「こちら特報部」の取材に、中国政府からの圧力について証言した。  ヒューマン・ライツ・ウオッチは、中国のゼロコロナ政策を批判した白紙運動に参加したり、少数民族への人権侵害に抗議するデモに参加したりした25人にヒアリングした。うち、16人が活動中止を求められたほか、中国の家族のもとを警察が訪れ圧力をかけられた。「活動をやめて帰国しなければ家族がどうなっても知らないぞ」「日本で活動する仲間の情報を提供しろ」と脅されたケースもあった。

デモ行進をする中国の内モンゴル出身の人ら=2020年10月、名古屋市で

 女性は「中国政府はどんな理由でも市民が連帯することを嫌がる。直接政府を批判していなくても圧力の対象になる」と話す。女性は中国に住んでいた時からフェミニズム運動を続けているが、身元を突き止められるのを恐れ、活動する際は偽名を使う。スマートフォンも使い分け、運動用のスマホには、当局に「筒抜け」とされる「微信(ウェイシン)」など中国製通信アプリはダウンロードすらしていない。

◆香港は弾圧され、台湾も慎重…日本が言論の拠点に

 「活動している仲間で私の本名を知っている人はいない。仲間の多くについても同じ。日本に情報当局が関係者を紛れ込ませているとも言われる。簡単に同志だと信じるのは危ない。日本にいても安心はできない」と警戒する。  東京大の阿古智子教授(現代中国研究)は「デモに参加した留学生らから『中国の親の所に警察が来た』という相談は以前からあった。ただ、最近はすごい数で増えている。私も驚いている」と話す。  なぜか。阿古氏は「近年は日本が中国をめぐる言論活動の拠点になりつつある」と背景を分析する。これまで抵抗の拠点だった香港では2020年に国家安全維持法が成立し民主派は徹底的に弾圧されている。中国との緊張関係が続く台湾も、相手を刺激しないように中国への言論活動は慎重になりつつある。「結果として、日本に中国関連の知識人や研究者らが集まり、研究会や講演会などが増えている。中国政府はこうした情報が国内に逆流することを恐れている」と述べる。

北京の天安門広場。中国当局は国内外の言論統制に神経質になっている(資料写真)

 阿古氏によると、中国当局が公表しない国内事情を発信する交流サイト(SNS)では、最近、殺傷事件の情報を目にする機会が多いという。「景気の急激な悪化を背景に、中国では社会不安が広がっている。その一方で、政府系メディアが海外を敵対勢力とみなせというプロパガンダをすごく発信してきた。実際、いわゆる『反日的』な投稿も増えていた」

◆「政府と理性的に議論できる市民を区別しなければ」

 こうした状況の中、9月には中国・深圳で日本人学校の児童が刺殺される事件が起きた。日本でもSNSを開けば目を覆いたくなるような反中国の言説があふれる。阿古氏は「ヘイトが連鎖する悪循環をどう変えていくか、ものすごく悩ましい。自由な言論活動が難しい中国では、政府の主張の浸透で国民はあおられやすくなっている。政府と理性的に議論できる一般の人とを区別しなければいけない」と訴える。

9月、中国・深圳では日本人学校の男児が刺殺される事件が発生した

 取材に応じた先の女性は迫害の恐れの中、日本でも活動を続ける理由をこう話した。「いま中国国内の状況はとてもよくない。それに対して何もしないのは私じゃない」 

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