【ニューヨーク=佐藤璃子】11月5日の米大統領選が迫るなか、民主・共和両党でカード業界の寡占や高金利の是正を探る動きが起きている。消費者の利便性が損なわれているという長年の問題意識があるほか、選挙前に有権者の支持獲得につなげようという思惑も透ける。政策の実現にはハードルも多く残っている。
トランプ氏、金利上限を主張
共和党のトランプ前大統領は9月下旬、大統領選で勝利すればクレジットカードの金利上限を一時的に10%にすると表明した。米連邦準備理事会(FRB)によると、2024年8月時点のクレカの平均金利は21.76%。データが遡れる1994年以降で最も高い水準だ。94年以降で最も低かった水準でも11%台で、仮に10%の上限設定が実現すれば大幅な金利引き下げになる。現状では連邦レベルで金利に上限を課す法律はない。
カード金利は誰が決めているのか。カード大手の米ビザや米マスターカードといった会社は、消費者と企業、銀行の間で決済が円滑に進むようネットワークを構築し、主にカード決済を受け付ける加盟店から手数料を得ている。クレカの金利を設定するのはカードの発行会社となる銀行で、顧客の信用情報などに基づいて決めている。
クレカの平均金利はFRBがインフレ対応の利上げを始める直前の22年2月時点と比べ7%超上がった。米国消費者連盟(CFA)の金融サービス部門ディレクターのアダム・ラスト氏は「利上げだけでなく、大手銀を中心に過剰な金利水準を設定している面もある」と解説する。
高金利が重荷となり、返済に窮する人は増えている。ニューヨーク連銀によると、4〜6月期の米家計のカード債務残高は1兆1400億ドル(約170兆円)と過去最高を更新し、同期間で新たにカードの支払いが30日以上遅れた割合を示す延滞率は9%超と13年ぶりの高水準になった。
全米クレジットカウンセリング財団幹部のブルース・マクラリー氏は「21年後半から債務返済が困難だと感じる消費者が増え続けており、足元では債務負担が短期間で大きく増加している」と指摘する。
米国でカード金利が消費者を圧迫する理由のひとつが、毎月定額を支払う「リボルビング払い(リボ払い)」の浸透度合いの高さだ。日本と異なり米国ではカード所有者の多くがリボ払いを利用しており、主流の決済方法となっている。カードの未払い残高に対して課される金利負担を抱えやすくなっている。
金利上限が設定されれば特に中低所得層の間で負担が一時的に軽減されるが、現実には課題も多い。米投資銀行TDカウエンのジャレット・セイバーグ氏は「銀行が債務不履行のリスクに見合った価格を設定できなくなり、低所得者層への信用供与が制限される懸念がある」とみる。
米国では1978年まで州レベルでクレジットカードやその他の消費者ローンの金利に上限を設ける動きもあった。しかし同年の最高裁判決で、規制の緩い州に拠点を置く銀行が定めた金利を他の州でも適用できるようになった。金利上限は事実上機能しなくなった経緯がある。
共和党のジョシュ・ホーリー上院議員は23年に金利上限を18%に定める提案をしたが、実現に至っていない。「規制当局は議会の関与なしに一方的に金利上限を設定する権限を持っていない。現在の司法が保守的であることを考えるとトランプ氏の案が実現する可能性はほぼないだろう」とTDカウエンのセイバーグ氏はみる。
バイデン政権、独禁法違反で提訴
民主党のバイデン政権もカード業界の寡占がもたらす問題にメスを入れようとしている。
米司法省は9月下旬、ビザがデビットカード決済事業で競合他社を排除しているとして、同社を反トラスト法違反の疑いで連邦地方裁判所に提訴した。同社が独占的な地位を利用して競合を排除したことで他の決済事業者の成長が妨げられ、加盟店や消費者の手数料負担が上がったとしている。
訴状によると、米国内のデビットカード取引の60%以上はビザのネットワークを経由している。ビザは自社ネットワークを使った取引から手数料を得ており、年間70億ドル以上にのぼる。
格差是正を掲げるバイデン政権は発足当初からビザとマスターカードによる市場の寡占状態に厳しい姿勢を示している。大統領選が近づくなか、加盟店手数料の上昇がコスト転嫁で消費者にも影響を与えている状況に、当局が再び目をつけた。
全米小売業協会(NRF)は司法省の訴えを「歓迎する」としたうえで、「ビザへの対応は氷山の一角にすぎない。破綻した市場を正常化するための大きな前進だが、これが最後であってはならない」とする声明を出した。
ビザのジュリー・ロッテンバーグ最高法務責任者は「司法省の訴えには利益がなく、法廷でしっかりと争う」と対抗する構えだ。法廷闘争は数年続くとの見方もあり、大統領選を通過したあともカード業界と政治の攻防は長引く可能性がある。
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