【深圳=河北彬光、北京=石井宏樹】中国広東省深圳の深圳日本人学校の男児(10)が通学中に刺殺された事件は、18日で発生1カ月になる。警察に拘束された男(44)は直前に金銭トラブルを抱えていたとの情報もあるが、中国当局は「捜査中」として動機をいまだ明らかにしていないため、事件の背景は不明のままだ。

◆金銭トラブルや拘束歴…当局から動機の説明はなく

 関係者によると、容疑者とみられる男は自身が経営していた会社の譲渡を巡り、知人との間で数十万元の金銭トラブルが生じていた。この関係者は取材に「(事件の)1週間余り前のことだった」と話した。

事件直後の9月、中国・深圳市の深圳日本人学校の校門前には、犠牲となった男児を悼む花束が供えられていた

 地元警察は事件後、男に定職がなかったと公表した。2015年に公共電信施設の破壊、2019年に虚偽情報を流した疑いで警察に拘束された経歴があるとも明らかにしたが、事件のいきさつには触れていない。  男児は9月18日朝、母親と歩いて登校中に学校近くの路上で刃物で刺され、翌日死亡した。6月にも江蘇省蘇州で日本人母子が刺される事件があり、在留日本人に不安が広がっている。   日本外務省の岩本桂一領事局長は17日、北京で中国外務省当局者と協議し、一刻も早い事実解明と在留日本人の安全確保、中国の交流サイト(SNS)上で広がる悪質な投稿の迅速な取り締まりなどを求めた。  中国側は、拘束した男の動機について司法手続きを理由に具体的に言及しなかったが「適切な時期に説明をする」と述べたという。   ◇   ◇

◆警備・通学態勢を整え、ようやく対面授業を再開

 日本人男児が登校中に刺殺された事件から1カ月となる深圳日本人学校は、14日から対面授業を再開している。児童や生徒の登校時に厳重な警備を敷いてはいるものの、事件が現地の日本人社会に与えたショックはあまりに大きく、一時帰国したり不調を訴えたりする人も少なくない。日中間の交流や日系企業の活動にも影響が出ている。(深圳・河北彬光、写真も)

17日朝、深圳日本人学校前の路上で、厳重な装備で警戒する警察官ら。警察犬も連れていた(河北彬光撮影)

 17日朝、学校そばの路上には十数メートル間隔で警察官や警備員が立っていた。盾を手にしたり、警察犬を連れたりして巡回する要員を含めて数十人が警戒に当たり、日常とは程遠い物々しい雰囲気が漂った。  もともと全校260人の半数以上が徒歩通学だったが、学校は事件後、オンライン授業に変更。14日からの登校に際し、徒歩を避けるためスクールバスの路線数を増やしたり、専用のタクシー配車アプリを準備して家が近くてもタクシーに乗れる態勢を整えたりした上で再開にこぎ着けた。  「眠れない」「外に行くのが怖い」。現地の外交筋によると、事件後に配置したカウンセラーには、保護者や児童生徒から不安の声が寄せられている。一時帰国したまま深圳に戻っていない人もいる。このため学校は登校できなくても引き続きオンラインで授業を受けられるようにしている。

◆日中の交流は中止、帰国を促す企業も

 日中間の交流にも影を落とす。広東省は16日、愛知県との友好提携5周年の記念行事を同省で開く予定だったが、事件の影響で中止した。訪中している大村秀章知事は同日、広東省長との会談で事件に触れ「中国の日本人や子どもたちの安全確保をお願いしたい」と求めた。  製造業が盛んな広東省には、自動車をはじめ日系メーカーが多く進出する。事件後、日系企業は駐在員や家族の一時帰国費用の補助を打ち出したほか、帰国まで促す企業も出ている。

◆外務省危険情報は「ゼロ」のまま

 現地に残る駐在員の不安は尽きない。深圳の現場近くに住む日系メーカーの30代男性は「家族帯同で住める環境ではなくなった」と心境を明かす。日本に帰国中の妻子は近々深圳に戻る予定だったが、事件で見通しが立たなくなった。  外務省が出す海外の危険情報で、中国は一部地域を除き、比較的安全とされる「レベルゼロ」のままだ。この男性は「注意を促すためにもレベルを上げてほしい」と望む。中国の経済停滞や反スパイ法に加え、殺人事件まで起きたことで「駐在員を希望する人が減るだろう」とも話し、日系企業の「中国離れ」が進む可能性があると見通した。 

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