ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)で日本人2人を含む若者ら159人が犠牲になった雑踏事故は、29日で2年を迎える。町はにぎわいを取り戻しつつあるが、犠牲者を「夜の歓楽街で遊びに興じていた若者」とみる偏見も残る。「梨泰院は本来、多様性を受け入れる寛容な場所なんです」。地元住民らは、偏見を取り除き被害者たちを支援したいと、町の良さを伝える努力を続けている。(ソウル・上野実輝彦、写真も)

◆多様性を認めてくれるまちなのに

 「どんな人も認めてきたこの町の文化、歴史を理解してほしい」  24日夜、梨泰院駅近くの雑貨カフェ。事故の起きた竜山(ヨンサン)区の住民で、当時を語り合うイベントを主宰した李尚旻(イサンミン)さん(29)は、約30人の聴衆にこう呼びかけた。

24日夜、ソウルで、梨泰院を理解してもらう行事を主宰しマイクを持って語る李尚旻さん(左から4人目)

 人気ドラマの舞台として日本でも有名になった梨泰院は元々、近くにあった米軍基地の関係者向け娯楽街として発達。危険なイメージが付きまとう半面、さまざまな人種や性的少数者らがはばかることなく自己表現できる場所でもあった。現在も多国籍の料理店やゲイバーなどが点在する。

◆「あなた、そんな所に…」事故被害者が受けた衝撃

 だが雑踏事故の後は、ソーシャルメディア上で原因探しが過熱し、風紀や治安の悪さばかりに焦点が当たるようになった。「あなた、そんな所に行ってたの」。事故に巻き込まれながらも救出された李周炫(イジュヒョン)さん(29)は、当時の友人のメッセージに衝撃を受けた。「私は単にハロウィーンを楽しもうとしただけ」と反論を繰り返した。

24日夜、2022年の雑踏事故が発生した梨泰院の現場。若者の往来が目立っていた

 李尚旻さんは被害者支援に携わる中で、梨泰院に対する知識不足が被害者や遺族を苦しめていると気付いた。「ハロウィーンは梨泰院が持つ自由や多様性の象徴だ」と、町を知ってもらう行事を企画した。  会場に選んだのは、環境問題やビーガン食に配慮した「梨泰院らしい」カフェ。22日には、米軍関係者と関わりながら生きてきた女性たちの半生を描いたドキュメンタリー映画も上映した。

◆「決して排除しない空間」にあこがれて

 梨泰院駅から徒歩圏内に住む尹寶暎(ユンボヨン)さん(31)も、その考えに賛同する一人だ。「どんな思想や見た目であっても、決して排除しないのが暗黙の了解である空間」にあこがれて7年前に移り住んだ。

22日、ソウル市内で、梨泰院の魅力を語る尹寶暎さん

 愛する場所で悲惨な事故が起きたことに加え「危険な遊び場という側面だけ注目されている」ことに心を痛めた。事故後は批判を恐れて梨泰院を訪れる人が減り、自身も居住地を明らかにすることをためらった。  だが今は、集会などで自らの思いを発信するとともに、被害者ケアに携わるため大学院で芸術療法を学ぶ。「当事者らとの交流を通じ、梨泰院への愛着を積極的に語ることが事故の正しい理解につながると確認した」と前を向いている。 

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