2023〜2024年の冬、川の水位があまりに低下したため、これまで隠されていた地層がむき出しになった。(Photograph by Amy Toensing)

気候変動が深刻化し、干ばつが頻繁に発生するようになり、ミシシッピ川の物流が滞り始めている。収穫されたばかりのトウモロコシから、中西部のカフェで提供されるコーヒー豆まで、年間5億トン近い物資が、この川を行き来する。

ミシシッピ川の水位が低下することで困るのは米国だけではない。遠く離れた中国、日本、インドネシアでも、米中西部の穀物や大豆が重要な食料源となっている。米国から輸出される農作物の92%、世界の輸出飼料穀物の78%が、ミシシッピ川を通して運ばれているのだ。

浚渫という短期的な解決策を講じても、ミシシッピ川で運ばれる物資の量は干ばつが深刻化する前よりも減っている。(Photograph by Amy Toensing)
過去100年間、温室効果ガスの影響で米中西部の気温は上昇し、鉄砲水から干ばつまで、両極端な自然災害が頻発している。(Photograph by Amy Toensing)

ミシシッピ川では、複数のはしけをつなげて一度に押航するタグボートが活躍しているが、川の水位が30センチ低下するだけで、15隻のはしけで運べる大豆の量が2738トン減少する。これは、オリンピック用のプールをあふれさせるほどの量だ。

「結局は、誰が世界を食べさせるのかという話です」と、内陸水路の擁護団体である「ウオーターウェイズ評議会」のポール・ロード氏は言う。2022年には、河川の水位低下が200億ドル(約2兆9000億円)の貿易損失につながったと推測されている。

「米国の農家は食料を供給できます。しかし、それを運ぶ手段を確保しなければなりません。たとえば河川の水位低下という問題であれば、インフラを整え、浚渫(しゅんせつ)工事をして川を深くすることです」

中西部と世界を結ぶ重要な大動脈

ミズーリ州南東部で米、大豆、トウモロコシを育てているトム・ジェニングスさんも、干ばつの影響を目のあたりにして不安な気持ちを抱いている。

2023年の冬に川の水位が下がり、川岸に点在する穀物貯蔵庫まで穀物を取りに行けるはしけが減った。秋の収穫の最盛期には、一部のトラックは川まで作物を運んだものの、はしけ業者に受け入れを断られてそのまま引き返さなければならなかった。

作物を育てる水は、ジェニングスさんの場合ほぼすべて地下の帯水層から引いているため、今のところまだ干ばつの直接的な影響を受けていない。だが、それを輸送するはしけが確保できないのは大問題だった。

ミシシッピ川は、米中西部の農作物を世界中の市場と繋ぐ重要な輸送経路となっているが、川の流域は魚や鳥などの野生生物にとって欠かせない環境も提供している。(Photograph by Amy Toensing)

「顧客のはしけが足りなくなってしまったのです。ところがちょうどその顧客が鉄道コンテナの準備をしていたので、私たちの米も載せてもらいました。それがなかったら、はしけが来るまで仕事が止まっていたでしょう」

夏には特にミシシッピ川上流で雨量が増加したものの、2024年の収穫期を迎えようとしているときに、水位が再び下がり始めた。テネシー州メンフィスでは、通常よりも水位が3メートル低下した。

環境への負荷も高まる

水位が下がりすぎてはしけが航行できなくなると、大量の物資を輸送するための環境コストが増加する恐れがある。

テキサスA&M運輸研究所が2022年に行った調査では、はしけ輸送による炭素排出量がトラックで運んだ場合と比較しておよそ9分の1、鉄道で運んだ場合と比較すると半分で済むことが示されている。

2023年には、2400万トン以上の穀物や農作物が、ミシシッピ川を通って運ばれた。これをトラックで輸送しようとすると、隙間なく並んだ大型トレーラーの列が地球を半周しても足りないほどの台数が必要になる。

ミシシッピ川での船舶の航行を可能にするため、長さ240メートルの吸引装置を使って川底の泥を除去する浚渫工事が行われている。(Photograph by Amy Toensing)

川の生きものたちにも影響

米国本土の河川の40%が流れ込むミシシッピ川は、環境の要でもある。

サルガッソ海から遡上するチョウザメ、ニシン、アメリカウナギは、ミシシッピ川沿いの氾濫原に大きく依存していると、オリビア・ドロシー氏は言う。氏は2024年に入るまで9年間、保護団体「アメリカン・リバース」のミシシッピ川回復プロジェクトを率いていた。

「巣作り、繁殖、休息のために水の流れが緩慢な場所を必要としている川の生きものはたくさんいます」。逆に、速い流れを得意とする魚はごくわずかだ。

イリノイ州イーストモリーンにあるドロシー氏の自宅は、ミシシッピ川からわずか5分しか離れていない。よく川でボートに乗ったり土手を散歩したりするというドロシー氏は、過去2年間下がり続ける川の水位を目の当たりにしてきた。

ドロシー氏が仕事を通して付けていた記録によると、近年、カワゲラ、カゲロウ、カなどの昆虫が孵化したときの大きさが小さくなっているという。

「これらの昆虫は渡り鳥にとって重要な食料源になっています。人間が食べるものを考えてみてください。脂肪分は牛肉からも魚からも取れますが、魚の脂肪のほうが健康的です。鳥にとっても、水生の昆虫が減ってしまうと、ほかで同じ栄養分を取ることができないかもしれません」

また、ムール貝の仲間や、他の生きものの餌になるニシンやヤウオなどの小魚も減っている。「原因はまだよくわかっていませんが、干ばつが長引いているため気がかりなことはたくさんあります」と、ドロシー氏は言う。

イリノイ州アルトンの建物の壁には、かつてミシシッピ川を往来していた蒸気船が描かれている。(Photograph by Amy Toensing)

浚渫工事をしているものの

米議会は、船舶が通るミシシッピ川の水路の水深を2.7メートルに維持するよう義務付けている。そのため、陸軍工兵隊が川底を掘り下げる浚渫(しゅんせつ)工事を行っている。

「工事の期間は長くなるばかりです。7月から、翌年の2月中旬までは続きそうです」と、工兵隊セントルイス地区の責任者であるルー・デローコ氏は言う。「平均的な年には230万〜300万立方メートルの泥を除去しますが、これが2022年には760万立方メートルに膨れ上がっていました」。2023年も、11月下旬までに450万立方メートル以上が除去された。

工事は、幅10メートルの川底に水を噴射して、泥やシルトをかき混ぜて行う。これを、巨大なポンプで吸引し、パイプを通して川岸近くに吐き出す。

晩秋になると川の交通量がピークを迎え、工事全体に遅れが生じる。船が近づくたびに、工事を中断して道を開けなければならないためだ。

しかし最も大きな懸念は、干ばつが拡大を続けていることだ。現在、ミシシッピ川が流れるミズーリ州セントルイスの北からはるか南のルイジアナ州バトンルージュまで、東西両岸の広い範囲が異常な乾燥に見舞われている。

「2022年の干ばつは局所的で、この地域の5カ所で大規模な浚渫工事が行われました」と、デローコ氏は言う。

「それが今では、ここからルイジアナ州までの広い範囲に及んでいます」

文=Stephen Starr/写真=Amy Toensing/訳=荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年10月4日公開)

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