9月末に行われた南山大でのシンポジウムの様子=名古屋市昭和区で(同大国際教学部提供)
勝敗はともかく、国を二分する戦いの底流に潜む現象や変化を探ろうという試みで、同学部の山岸敬和教授(米国政治)と帝京大文学部の藤本龍児教授(社会哲学)とともに記者も登壇し、主に人種や宗教をテーマに話し合った。◆黒人有権者が皆ハリス氏支持かといえば「一枚岩ではない」
山岸さんは人種を巡り、米国が「先進国で最も早く民主化を始めたものの、最も遅く完了した国」と指摘した。普通選挙は白人男性に限り1830年代にほぼ実現したが、長く奴隷として扱われた黒人に対する選挙権行使上の差別が禁止されるのは、公民権法や投票権法が制定された1960年代まで待たねばならなかったからだ。 黒人に対する福祉政策が進む中、今度は白人労働者層が「忘れられた人たち」(トランプ氏)となっていく。1950年に人口の約90%を占めた白人は、2050年までには50%を割り込むと予測されるようになった。トランプ氏は選挙戦で白人労働者層の不安や危機感に訴え、支持を広げている。 では、黒人有権者は皆ハリス氏支持かといえば、山岸さんは「決して一枚岩ではない」という。外国生まれの黒人が増え、祖先が奴隷制を経験したかや、公民権運動を知っているかどうかで政党支持の姿勢も異なってくるからだ。 米紙ニューヨーク・タイムズによると、2020年大統領選では黒人の90%が民主党のバイデン大統領を支持し、トランプ氏は9%だった。最近の調査ではハリス氏78%、トランプ氏15%と、差は縮まっている。貧困を人種差別と結び付けない若い世代の増加など、黒人社会の多様化はハリス氏に有利ばかりとは言えないようだ。◆「乳児を処刑」過激な物言いは強硬派への忖度か
藤本さんは、宗教保守派が強く反発する人工妊娠中絶を例に、社会の分断を引き起こす「文化戦争」の問題点を指摘した。 ハリス氏は、トランプ氏と初の直接対決となった9月の討論会で同氏が当選すれば「全米で中絶を禁止する法案に署名するだろう」と挑発した。トランプ氏は「各州が決めることだ」とかわした。 藤本さんは「トランプ氏は2016年の大統領選から『州が決める』と繰り返し、母体に危険がある場合や、レイプ、近親相姦(そうかん)の場合は禁止の例外とも言ってきた。妊娠後期の中絶規制も強調しているが、これは黒人や中南米系など少数派や無党派層、民主党支持者にも賛同者がいるからだ」と説明する。 かなり現実的だが、トランプ氏は討論会で「生まれた後に乳児を『処刑』する州もある」とも述べた。「(部分出産中絶について)過激な言い方をするのは、一部の強硬派をつなぎ留める狙いがあるからだ」(藤本さん) ピュー・リサーチ・センターの調査によると、中絶を「例外なく賛成」と考える国民は25%で「例外なく反対」は8%にとどまる。藤本さんは「7割近くの国民は『何を規制するか』で分かれているのであり、本来はそこで互いに説得を試み、妥協点を探るのが民主主義の基本だ」と強調した。 妥協点を見いだすチャンスがあっても、お互いにあえて踏み込まない。そこに、分断の根深さと民主主義の危機を感じる。(岩田仲弘) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。