共和党のトランプ氏の返り咲きが決まった。民主党のバイデン氏の選挙戦撤退を受けて、急きょハリス氏が名乗りを上げた。当初は候補者としての能力を心配する声が多かったが、ハリス氏は大方の予想以上に健闘したと言えよう。党内の支持を一気にまとめて指名を獲得し、選んだ副大統領候補ウォルズ氏は選挙キャンペーンに新たなエネルギーを与えた。バイデン氏から離れた若者や社会的少数者(マイノリティー)集団を民主党に引き戻した。それでもトランプ氏には勝てなかった。

◆トランプ現象の怒りのマグマ、一向に収まらず

 トランプ氏当選に驚いた2016年から8年経過したが、トランプ現象と呼ばれる、いわばアメリカの不満や怒りのマグマ活動は一向に収まっていなかった。社会正義を掲げながらもその中で甘い汁を吸っていると考えるエリート層への反発が今回もトランプ氏を支えた。加えてバイデン政権下で進んだインフレーションで生活に苦しむ中、その原因が不法移民だと断言されれば、そう信じてしまう。

米共和党大会で演説するトランプ氏=7月18日、米ウィスコンシン州ミルウォーキーで

 それに対してハリス氏は中絶問題や民主主義を争点にして戦った。しかし有効な経済政策を有権者に示すことができなかった。大統領選挙で最も重要な争点は何かと聞いたギャラップ社の世論調査によると、共和党支持の有権者は35%が「経済」であると答え、それに対して民主党側は7%であった。経済的弱者の政党であったはずの民主党が、そのアイデンティティーを見失ってしまっていることが読み取れる。

◆対話を失ってしまった民主主義は無責任な衆愚政治に

 選挙戦の最終盤戦になって「garbage(ゴミ)」という言葉がニュースをにぎわせた。トランプ氏の応援演説で「プエルトリコはゴミの島」だと言えば、バイデン氏はトランプ氏の支持者は「ゴミ」だと言った。なんと醜い言葉の応酬であろう。人々の中で不満や怒りがあること自体では民主主義は劣化しない。しかし、意見が合わない者を罵倒し、「ゴミ」とやゆし、より良い社会をつくるための対話の場所を失ってしまった時、民主主義は無責任な衆愚政治に陥ってしまう。

山岸敬和・南山大教授(米国政治)

 アメリカは建国期から世界における民主主義の旗手を自任し、他国もそれを認めていた。アメリカン・デモクラシーが揺らぐことは、日本を含めた世界の民主主義にひずみをもたらす。この選挙が、健全な民主主義のために対話の場が重要であることを強く認識する機会となることを切に願う。(寄稿) 

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