“道で拾ったアドレス帳に書いてある人を訪ね歩いて、持ち主に無断で新聞に連載する”、“自分のベッドに他人を寝かせる”、そんな大胆な行動がアートとして世界から評価されているソフィ・カルさん。。人間観察のとりこになったアーティストの深層心理と彼女だけの“アートのためのルール”をひもとく。
今年の高松宮殿下記念世界文化賞の絵画部門を受賞するのはフランス人現代アーティストのソフィ・カルさんです。自分や他人の行動を観察し、それを写真と文章で作品化しています。パリのアトリエでデビューからこれまでのお話をお聞きしました。
Q アーティストになったのはどういうきっかけだったのですか?
カルさん:
私は1979年に長期の海外旅行からパリに戻ってきたのですが、なじみのある土地なのに、どこに行けばいいのか途方に暮れてしまい、道を歩いている人の後をつけることにしたのです。
その追跡写真の現像をするために友達とラボをシェアして、友達が仕事している間に私が寝るという考えから、私のベッドに8時間ごとに色々な人に寝てもらうといいのでは、という発想が生まれました。
デビューのきっかけは寝てもらった人の夫の一言
カルさん:
たまたま、そこで寝てもらったうちの一人のご主人が美術評論家で「発想が面白いから、若者のビエンナーレに出品してみませんか?」と持ちかけてくれたのです。
こうして、カルさんは、自分のベッドに寝る人の写真とその人たちへのインタビューを文字にした《眠る人々》でアート界にデビューしました。
探偵ばりの尾行が作品に!
代表作の一つ、《ヴェネツィア組曲》は、見ず知らずの人をパリからヴェネツィアまで尾行した“成果”です。
Q 他の人の人生を観察して、何を明らかにされようとしているのでしょう?
カルさん:
何かを明らかにしようとは思っていません。私がつけるのは有名人ではなく一般人ですし、作品の材料になるような詩的で芸術的なことがないかな、とその人の行動に興味を持っているだけです。
今であれば、ストーカーというレッテルを貼られてしまいそうですが、カルさんは、当時でもこんなエピソードがあったと明かします。
カルさん:
笑い話しを一つ披露しますと、元法務大臣だったお知り合いに街で会ったら、「いつか君を刑務所から出してあげないといけなくなるだろうと思っているので、君に街で会うとびっくりするよ」と言われました。知らない人のあとをつけるという行為は、今やったらきっと問題になるでしょうね(笑)
拾ったアドレス帳を元に無断連載
大胆な手法はそれにとどまりません。カルさんは、偶然、道端で拾ったアドレス帳に名前のあった人たちを訪ね、持ち主についての聞き取りをして、その内容を無断で(《アドレス帳》1983年)として新聞の連載エッセイとして発表してしまったのです。
こちらも今の時代であれば、個人情報の無断流用として物議を醸したことでしょう。
Q 文章と写真、オブジェや映像を組み合わせる手法はどう説明されますか?
カルさん:
私は毎回、儀式のようなルールを設けています。自分のベッドに他の人たちを寝かす、とか、見ず知らずの人の後をつける、とか、自分をつけさせる、とか。ときには自分が主人公の一人になって、自分の人生を語ったりもします。自分の写真には文章が伴う必要があり、文章には写真が必要で、ごく自然にその組み合わせが出来ました。どちらかの手法だけでは足りないという気持ちがあったからかもしれません。
カルさんは自らの失恋体験をも作品にしています。その『限局性激痛』(1999年)は日本で特に人気です。
日本旅での大失恋体験は日本で大人気
Q なぜ自分の痛みを芸術作品によってさらけ出すのでしょうか?
カルさん:
それは仕事だからかもしれないですね。私は日本への3カ月の旅が原因で、旅行の最後のところで好きな人に振られたのですが、みんな「旅行はどうだった?」「日本はどうだった?」と聞いてくるのです。旅行の話しはしたくなかったので、その代わりに振られた話をすることにして、思いついたルールが、いやになる程しつこくその話を繰り返すことでした。毎日毎日、無限にその話をすることで痛みが和らぐのではないか、自分のその話に飽きるのではないかと思ったのです。
カルさん:
でも、それが作品になるとは思っていませんでした。だって、16年後ですよ。16年も引き出しの中にしまってあったんですから。1984年の出来事を作品にして、ポンピドゥーセンターに展示したのが2000年ですから。最初は単に自分の痛みから逃れるためだったと思います。
Q 多くの作品で「別れ」や「喪失」といった感情が見られますが、ご自分の身に起きたことと関係しているのですか?
カルさん:
「そこにもうない物」の話が多いですね。「離れていく男」、「死にゆく母親」、「目の見えない盲人」、「盗まれた絵画」。私は幸福を感じる時、友達と食卓を囲んでいるときには観察する必要を感じません。
「過ぎ去っていくもの」、「そこにもうないもの」、「死」などに対しては、距離を置くことで対峙することができます。直視する代わりに、写真を撮ったりすることで距離を置くわけですね。なので、私はコンサートなどに行ってビデオを撮っている人を不思議に感じます。映像を撮ることで距離が出来てしまい、その場に参加した、とは言えないと思うからです。
アイデアは奇跡のようにおりてくる
Q 今後、どんな作品を作っていきたいですか?
カルさん:
一番最近にやったパリのピカソ美術館での展覧会では、人生で失敗したことをテーマにしたものが多かったです。人生の総括の一種でしょうか。
アイデアというのは、年に一つ思い浮かべば上出来で、道を歩いているとき、人と会話しているとき、ふと思いつくものです。
トルコで海から15キロのところに住んでいるのに、貧しすぎて行く気さえわかないので海を見たことのない人たちがいる、という新聞記事から、《海を見る》という作品は生まれました。アイデアというのは、奇跡みたいにおりてくるものなのです。
奇跡と言えば、まったくの偶然で、11月19日の世界文化賞授賞式直後の11月23日から東京・大手町の三菱1号館美術館でカルさんの作品を見られる展覧会が始まります。設備のメンテナンスのためしばらく休館していた三菱1号館美術館での「再開館記念「不在」 ―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」がそれで、代表的なシリーズ作品だけでなく、初公開の作品もあるそうなので、読者のみなさんにも朗報です。
Q 最後に世界文化賞の受け止めをお聞かせください。
カルさん:
知名度を重視する賞もある中で、世界文化賞は私の知名度ではなく、私の仕事を評価してくださった賞だと思うので、大変うれしく思っています。かつて日本旅で負った失恋の痛手もすっかり癒えて、今や日本は大好きなので、その日本でいただく賞であることも、うれしいです。
自らの体験を作品とするカルさん、世界文化賞で体験したことももしかすると作品になるかもしれない。
カルさんと共に世界文化賞を受賞した、ドリス・サルセドさん(彫刻部門)、坂茂さん(建築部門)、マリア・ジョアン・ピレシュさん(音楽部門)、アン・リーさん(演劇・映像部門)の皆さん5人をフィーチャーした特別番組が2つ放送される。
世界文化賞まもなく授賞式SP
11月19日 14:45-15:45 フジテレビ系列(一部の地域をのぞく)
「第35回高松宮殿下記念世界文化賞」
12月13日 24:55-25:55 フジテレビ(関東ローカル)
12月14日 10:00-11:00 BSフジ
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