避難民が密集するパレスチナ自治区ガザ南部ラファで、イスラエル軍の本格侵攻の危機が高まっている。大規模な殺害に直面しながら国際社会が止めることができていない中、日本の大学では米国を発端に拡大する抗議デモに連帯する動きが相次いでいる。若い世代が上げる声は、停戦を促す力となるか。分断と憎悪の連鎖を断ち切るすべを考えた。(西田直晃、木原育子、安藤恭子)

今後の方針を話し合う伊藤理紗さん(左)と八十島士希さん(右)ら連帯キャンプ運営委員会のメンバー

◆現役教員がくれた古テントに泊まり込み

 9日午後、東京大駒場キャンパス(東京都目黒区)の図書館前の芝生広場。「ここに来てくれることが抗議につながる」。話し合っているのは、東大駒場パレスチナ連帯キャンプ運営委員会のメンバーだ。4張りのテントが並び、「ガザを殺すな」と記された画用紙を掲げる学生もいる。  この一角にテントが出現したのは、4月26日深夜。米国の連帯キャンプの参加学生が拘束された報道に触れ、農学部3年の八十島士希(やそじましき)さん(25)が「応援したい気持ちが募り、具体的な行動で示したかった」との思いで始めた。学内の仲間が集まり、3日目には現役教員が「もう使わない」と古いテントを置いていったという。  以降、交代しながらテントに泊まり、講義に出席してきた。運営委によると、趣旨に賛同し、宿泊した学生は首都圏や関西圏の他大学を含む延べ30人以上。昼間に訪れる支援者は、同100人を超えた。

◆「イスラエルに沈黙するのは矛盾している」

 学内の洗濯機やシャワーを用い、テントの近くには干したズボンやシャツも。カップラーメンや飲料水、ポータブル電源などの支援物資が届き、台東区から訪れた50代女性は「若い人が目立つ運動をするのは大変なことなのに、うれしい」と語り、数千円のカンパをスタッフに手渡した。

連帯キャンプのテントの近くにある立て看板=東京都目黒区で

 今月6日、運営委は大学本部に対し「即時停戦」「イスラエルや関係企業との断交」を盛り込んだ声明を出すよう求めた。八十島さんは「ウクライナに侵攻したロシアを強く批判しているのに、イスラエルに対して沈黙するのはダブルスタンダードだ」と強調し、こう続ける。  「イスラエルの学術機関と結ぶのは、暴力と抑圧への加担を意味する。一方、大学が破壊されたパレスチナの学術研究は停止した。東大は彼らこそ受け入れるべきだと思う」  開設3日目から訪れている関西大の伊藤理紗さん(25)は「パレスチナ問題が人種差別や植民地主義につながる問題と初めて知った。目が覚めた思いだ。多くの人に知ってほしい」と語る。

◆京都大、筑波大…「それぞれできることを」

 「こちら特報部」は、東大にキャンプへの対応などを尋ねたが、「現在確認中」として、この日の回答はなかった。

テントの近くに干された参加者の洗濯物=東京都目黒区で

 ガザの死者数は3万4000人を超える。国連児童基金(ユニセフ)の推計によれば、かつての人口が約25万人だったラファに、現在は約120万人が避難し、その半数を子どもが占める。トイレは約850人に1個、シャワーは約3500人に一つの割合しかない。ラファの検問所のガザ側は封鎖され、イスラエルの侵攻が本格化すれば、休戦交渉を継続するのは困難だ。国連のグテレス事務総長は「人類にとっての大惨事になる」と警告している。  こうした状況で、日本での抗議の動きは各大学に広がった。京都大にも「連帯キャンプ」が発足し、筑波大などでは有志がガザ関連の本を読んで抵抗する「本読みデモ」が行われた。八十島さんは言う。「それぞれの大学でできることをやり、抗議を波及させたい」

◆アート作家110人がパレスチナに連帯

「パレスチナあたたかい家」の会場で自作のプラカードを手にする木村りべかさん=川崎市多摩区登戸新町のNAMNAM SPACEで

 川崎市内ではアートを通じてガザに思いを寄せようというイベントも開かれている。都内在住の30代の女性2人が企画した「パレスチナあたたかい家」。誰もが家族と幸せに暮らせるようにとの願いを込めた。  ガザの解放を願う刺しゅうや油彩画、多くの人が殺害されたジェノサイドへの怒りや涙のポスター、パレスチナの「抵抗」を表すスイカをモチーフにした雑貨…。110人の作家の協力を得て、パレスチナに連帯する作品が壁一面に並ぶ。ラファで起きている現実に対し、木村りべかさん(36)は「悲しいし、むかつく。絶対に止めたい。安全な場所にいる自分にできることをしたい」と企画した思いを話す。

◆「息をしている間に命が失われている」

ガザ危機に思いを寄せる作品が並ぶ「パレスチナあたたかい家」の会場=川崎市多摩区登戸新町のNAMNAM SPACEで

 佐古奈々花さん(33)は7日、あたたかい家のX(旧ツイッター)に「私たちが息をしている間に何人もの人の息が止まっています」と記し、日本政府やイスラエル、米国の大使館に停戦を求める意見を送るよう呼びかけた。  「社会をつくっているのは市民。言っても変わらないとは思わない」と木村さん。5歳の娘を連れて都内の反戦デモにも参加してきた。「子どもでも怖くなく、無関心な人にもやわらかく、パレスチナのことを思ってほしい」と、アートで伝える意義を語る。  連休中には在日のパレスチナ人とユダヤ人を招いた交流イベントも開き、「遠い中東との距離を近くに感じた。誰もが当たり前に暮らせる日常を望んでいるだけ」と話す。12日まで開催し、売り上げやカンパはパレスチナ支援に使うという。

◆「身体を張って止めようとする」アメリカの学生

ワシントンのジョージ・ワシントン大キャンパス前で、バイデン政権などに抗議する学生たち=4月26日

 世界を見れば、米国の大学を発端とした抗議のうねりが広がる。パレスチナ・イスラエル問題に詳しい東京経済大の早尾貴紀教授(社会思想史)は「米国の学生たちは自分たちの問題と本気で考えている。自分たちの政府が最大のイスラエル支援国家だから、身体を張って止めなければならないと思っている」と話す。  米国では「イスラエル批判=反ユダヤ主義」と直結させ、イスラエルを批判しにくい風潮を広げてきた。「それに甘んじた結果がガザでのジェノサイド。学生たちには反発やじくじたる思い、いいかげんにしろという憤りが交じる」  デモ拡大に伴い、参加者の逮捕も膨れあがった。CNNテレビは今月1日、逮捕者は30校以上で計1500人超に上ると伝えた。

◆デモを批判する政府、要求を拒む大学

 「学生たちの抗議デモは、イスラエルの軍事行動とパレスチナ人に対する抑圧、それらへの米国政府や大学の加担に向けられたものだ。ユダヤ人の学生も数多く参加し、ともに抗議の声をあげている。そうしたデモを、バイデン大統領を含む政治家は『反ユダヤ主義』や『過激』といった言葉で批判し、非正当化しようとしている」と同志社大の三牧聖子准教授(米国政治外交)は指摘する。

バイデン大統領(資料写真)

 学生たちは、イスラエルとつながりの深い企業の寄付金や運用利益で運営する大学に対し、情報公開を求め、投資を受けないよう訴えている。「至極まっとうな要求を掲げている。それを大学が拒み、さらには警察を大々的に展開して封殺しようとしている」

◆日本社会も学生らの動きに呼応を

 イスラエルの軍事行動を止められないバイデン政権への失望も広がる。学生らのバイデン批判はリベラル陣営を分裂させるだけとの見方もあるが、「わかった上で、それでもガザでの未曽有の虐殺にバイデンが加担していることに深い怒りと絶望を感じている」。  ガザの人道危機を前に新たな分断を招かないよう、日本の市民にできることは何か。前出の早尾氏は「米国に比べれば、日本の動きは小さいかもしれないが、それは日本社会が、若者が社会運動に取り組める環境をつくってこなかったためだ。本を読んだり、キャンプに参加したり。学生たちが踏み出した大きな一歩に共に協力するとし、社会が呼応していくことが大切だ」と話した。 ◆デスクメモ  親イスラエル企業とみなされるコーヒーチェーンやファストフードの不買が日本でも起きている。就活でも軍事産業と関わる企業は敬遠される。行動は制限されても、戦争の価値観に加担すると思うといたたまれないからだ。遠い中東の出来事に思えても日常の選択とつながっている。(恭) 

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