◆「あらゆる手段で自国領を守る」
プーチン氏は侵攻開始から4日目、米国や欧州、日本の「非友好的な態度」を理由に、核抑止部隊を厳戒態勢へと移行させた。同年9月にはウクライナ東・南部の4州全域を「併合」し「あらゆる手段」で自国領を守ると宣言した。 ロシアの軍事ドクトリンは、大量破壊兵器による攻撃を受けた場合や、通常兵器による攻撃で「国家存亡の危機」に立たされた場合などに核兵器の使用を限定。今般の核威嚇は、ウクライナに対する米欧の兵器供与を止める狙いとみられる。 ロシアが想定するのは出力の小さな戦術核の局地利用だが、徹底抗戦を掲げるウクライナが降伏する公算は小さい。一方、広島・長崎原爆以来の核使用となれば、国際社会の「核の規範」が揺らぐ。ロシアに中立的態度を示してきた中国やインドすら対ロ強硬に転じかねない。 北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は同年秋、ロシアが核を使用すれば「深刻な結果をもたらす」と警告。NATOがミサイルなどで「懲罰」に出た場合、ロシア軍の報復は必至だ。小型核でもロシアがひとたび使用に踏み切れば、米欧との間で全面核戦争を引き起こす恐れもある。◆「もしトラ」米大統領選にも注目
ロシアで核のボタンを握るのは大統領、国防相、軍参謀総長で、発射には少なくとも2人の合意が必要。全面核戦争では弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)、戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「核の3本柱」が主役になる。 11月の米大統領選の行方も注目だ。核軍備拡張の必要性を説く共和党のトランプ前大統領は在任中の18年、旧ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)廃棄条約からの離脱を表明。同条約は翌年失効した。核の3本柱や戦略核弾頭数を制限する米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START)の期限が26年2月に迫る中、米ロ間で核軍縮交渉を再開できるかが危ぶまれている。◆「プーチン氏の考えは軽すぎる」
核を持たない国を「弱者」とみなすプーチン氏の世界観もあらわになっている。 22年8月、プーチン氏は「核戦争に勝者はなく、戦ってはならない」と声明を発表。「核戦争に勝者なし」は東西冷戦期、米ソ首脳が宣言した原則だが、プーチン氏は「米欧がウクライナ情勢に介入すればロシアとの核戦争になる」と本来の不戦の意味をゆがめて用いる。「世界の破滅」をちらつかせ、米欧をけん制する情報戦だ。 核使用に言及する指導者は世界的にも珍しく「プーチン氏の核に対する考え方は軽すぎる」(ロシアの科学記者)と、以前から懸念されてきた。 プーチン氏は20年9月、国連演説で、核兵器を保有する安全保障理事会常任理事国(米英仏ロ中)を「五つの核大国」と呼び、世界秩序をリードする存在と定義。ウクライナ侵攻後には「米国はドイツ、日本、韓国を占領し続けている」と発言し、核の非保有国は「真の主権」を持たないとの持論を示した。◆「ヒロシマ・ナガサキ」で核戦力を信奉
ロシアが核戦力を信奉する背景には、1945年の米国による日本への原爆投下がある。 当時のソ連指導部は米国の核使用に衝撃を受け、4年後に長崎型をコピーした原爆の製造に成功した。一方、広島で被爆して死んだ少女、佐々木禎子さんを悼む折り鶴づくりをソ連の教育現場に広め、国民に反米感情を植え付けてきた。 ウクライナはソ連崩壊後、自国にある核兵器をロシアに集約する見返りに領土保全の約束を得る「ブダペスト覚書」を米英ロと締結。だがロシアは2014年以降、ウクライナを段階的に侵略しており、核放棄した国の主権をどのように守るのか、国際社会に課題を残した。 ウクライナと同じく、ソ連崩壊後に核放棄したベラルーシでは、ロシアが小型の戦術核の配備を進めており、NATOと、ロシア・ベラルーシの間で軍事的緊張が高まっている。 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。