『死なれちゃったあとで』前田隆弘著(中央公論新社・1870円)
死はいつも突然で、大抵理不尽なもののように思う。命あるもの、必ずその先に死があることを忘れてしまったことなどないし、何度も痛い目にあってきたからこそ、ある種トラウマになっているのか、私は人とケンカ別れすることが怖い。本当に些細(ささい)な偶然で、それが最後になるかもしれないことを、簡単に死んでしまう私たちがまた出会えることこそが奇跡なのだと、知ってしまったから。それでも、どんなに大切な人との間に思い残すことなどないように、と生きているつもりでも、もう十分と満足して見送れたことなど一度もない。多分これからもないだろう。
大学時代の後輩の自死や貸したTシャツを着たまま海で溺死した父親、たまたま会話を交わした仕事相手の突然の事故死など、著者が身の回りの人に死なれちゃったあとで、その死と向き合って考えたことをつづった本作。インタビュアーである著者のフラットな文章は、死にまつわるどこかぽっかりとした寂しさが通底しながらも、湿っぽすぎず軽妙で、するするとその世界に没入できる。
読み進めていくうちに自分の死なれちゃった体験を思い出さずにはいられない。突然の喪失を受け入れるまでにある悲しさすら追いつかない空虚や脳裏に浮かぶ後悔とやるせなさ、湧き上がるどうしようもない怒りと伝えるはずだった言葉。まるで追体験するようなそれらの描写に胸がぎゅっと苦しくなったけど、もう二度と分かるはずもない故人の考えに思いをはせながら、その答えのなさを分からないままに著者が受け入れていく様子に、かつての自分が救われていくのを感じた。
いいところも悪いところも、余すところなく故人について思いを巡らせ語るその過程そのものが弔い、なのだろう。死についての本なのに不思議とそれでも前を向いて生きていこうと、希望が湧いてくる作品だ。今日は友人と死なれちゃったあいつの話をしよう。ダサいところもダメなところも、全部。
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