藍白。浅葱(あさぎ)。錆鼠(さびねず)。薄藍。納戸。熨斗(のし)目花色。藍鉄。留紺。48色ある藍色の、ごく一部だ。それぞれの名称ではピンとこなくても、東京スカイツリーのほぼ白に近い薄いブルーが藍白と言われたら、すぐにイメージできるだろう。藍の色味のみならず、古来なじみ深い藍染めの世界も多様だ。
着物や手ぬぐいなど、藍染めというと伝統を感じさせるものが多い。そんななか、新たな価値を見いだすべく始動したプロジェクト「タイムレスブルー」の商品は、「これが藍染めなの?」と驚くアイテムを染めている。その最たるものが、真珠だ。
深い藍色に染まった真珠の粒は、まるで最初からこの色で生まれてきたかのよう。淡い水色のものでも60回ほど、濃いものは100回も藍の液に浸(つ)けて染めている。真珠と藍染めを結びつけたのはジュエリーデザイナーの安部真理子さん。京都・山科に「本藍染雅織(みやびおり)工房」を構える中西秀典さんとともにプロジェクトを進めてきた。きっかけは真珠の養殖業者から、割れたりして商品化しにくいバロック真珠をわけてもらったことだったという。
形状の個体差に加えて傷や黒ずみがあるものの、化学薬品による染色を天然の真珠に施すことは避けたい。「どうしたものかと考えるなかで100%天然染料の藍染めに出合い、これを真珠に施したらどうなるだろう?と思いました」。試作を繰り返し、藍染めした上にガラスコーティングを施すことで、色を定着させることに成功。ネックレス、ピアス、指輪に仕立てた。
1月には「イセタンサローネ」(東京・港)でポップアップを開いた。様々な分野の賛同者と組み、真珠以外にも幅広いアイテムが並んだ。ファッションでは繊細さで知られる福島県の「川俣シルク」のドレスやガウン、ヴィンテージの洋服を藍染めしたアップサイクル品や、着物。藍染めというと綿や麻を染めたものを思い浮かべる人も多そうだが「絹の着物の繊細な美しさを現代に生かすべく、ヴィンテージの洋服の中でもレースなどあえて透け感のある素材を染めてみました」(安部さん)。藍染めの染料で描いたアートや、名人が漉(す)いた和紙を藍染めしてつくった照明器具もあった。
「藍染めは認知度は高いけれど、催事やお土産のイメージを持たれることも多く、本来持っている感度の高さが見えにくかった」と話すのは、三越伊勢丹アシスタントバイヤーの小野澤亜南さん。「伝統と現代的なセンスが融合することで、顧客の情緒に訴えかける場となった」という。1週間の会期ながら、真珠を筆頭に売れ行きも好調。ほかのセレクトショップなどからも開催の打診を受けているという。
藍染めは化学染料で染めた合成インディゴと植物からなる天然藍染めに大別され、現在流通しているのは圧倒的に前者だ。中西さんの藍染めは「すべて天然」。主原料となる植物「タデ藍」の栽培に始まり、その葉を天日乾燥、発酵・熟成させてできる染料「すくも」づくりの工程はすべて手作業だ。
中西さんが使用するすくもは、江戸時代から続く徳島県の「佐藤阿波藍製造所」が作っている。平安時代に京都で栽培され、後に阿波に渡ったといわれる最上品種のタデ藍を栽培する。第2次世界大戦中、食糧確保のために藍の栽培が国によって禁止されるなか、藍染めの歴史が途絶えることをおそれた佐藤家は山奥で栽培を敢行、種のみ採り続けた。佐藤家の必死の努力が、日本の藍染めの命をつないだのである。
中西さんは妻が佐藤家の出身という縁もあり、貴重なすくもを用いた藍染めを続けている。中西さんがすくもを染液に仕立てるのも手作業だ。すくもに混ぜる木灰を作り、日本酒などと調合して発酵、維持する。天然灰汁(あく)発酵建(だて)藍染と呼ばれる伝統的な手法で、いまも取り組んでいる工房はごくわずか。自然の植物相手ゆえ、すくもの状態は毎年異なる。状態を確認する肝は「舌」だ。なめてみて、甘さや苦みや触感から、仕上がりをイメージし、発酵の状態など細かく調整する。
「天然藍染めは手間がかかるし、技術も必要。ですが佐藤家が残してくれた藍を後世に伝えるのが私たちの義務であり、なにより天然藍染めの美しさは、合成インディゴと見比べたら一目瞭然」と中西さん。自然光で見るとわかりやすく、どす黒く見える合成に対して、天然藍染めは紫がかったきれいな藍ですと胸を張る。
工房には、染液の入った甕(かめ)が並ぶ。染液自体は茶色で、中に浸けた布や糸を引き上げた途端、酸化によって緑色になる。それを水で洗い、再び浸けることを繰り返すうちに、美しい藍色に。一連の動作が仕上がりを左右するから、手元がぶれぬよう動きにも気を配り、慎重かつやさしく作業を進める。この工程を見ることが天然藍染めの魅力を伝える最適な方法と考え、工房見学や藍染め体験も随時受けている。訪日客も多く、空気に触れて色が変わる瞬間は、驚きとともに拍手が起こるという。
中西さんはタイムレスブルーのアイテムが一過性でなく、新たな藍染めの定番となれば、道具なども新調しようと思案している。一方、先のイセタンサローネでは着物の売れ行きも好調だった。「興味はあってもどこで購入すればいいのかわからないという方が着物に触れて試し、洋服感覚で着られるという認識を持ってもらえました」と安部さんも期待を寄せる。着物という伝統を大切に育みながら、思いも寄らなかったものを藍で染める試みにも果敢に挑む。文化を受け継ぐために、ものづくりに新たな視点を加えているのだ。
ライター 鈴木里子
吉川秀樹撮影
[NIKKEI The STYLE 2024年4月7日付]
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