自宅で生活ができなくなって

寝泊まりする場所を日々転々とせざるをえないという人がいました。

大阪・堺市の南田憲吾さん(25)。重度の知的障害と自閉症があります。

体を動かすことが好きで、明るい笑顔を見せる南田さんは、近所の人から「けんけん」と呼ばれ愛されてきました。

幼い頃の南田さん

18歳になるまでは家族と一緒に暮らしていました。

しかし、成長とともに、自宅で過ごすのが難しくなったといいます。

気持ちが不安定になると自分を傷つけてしまう。

物を壊してしまったり、夜通し大声をあげたりしたことも。

24時間体制での見守りが必要ですが、ヘルパーは人手不足で毎日は来てもらえません。

介護していた両親の体力も続かなくなり、自宅で生活を続けることが難しい状態です。

破られたカレンダー

“安心して暮らせるグループホームや入所施設をなんとか見つけたい”

そんな家族の思いとは裏腹に、南田さんのような行動がみられる重度の知的障害のある人が入れる住まいには、空きがないということです。

このため、1年のほとんどを市内5か所のショートステイの施設を転々としながら寝泊まりしています。

南田さん(右)

施設の予約がとれなかった日だけ自宅に戻り、夜間はヘルパーに来てもらって暮らしています。

取材した今月5日は、ショートステイに宿泊するため、自宅で着替えや薬を大きなかばんに入れて日中通っている作業所に持ち込み、午後4時ごろ、職員に連れられてこの日泊まる施設へ荷物を持って移動していました。

南田さんはこうした生活をおよそ7年前から続けていて、2023年度は、年間に寝泊まりする場所をあわせて275回、転々と変えながら生活することを余儀なくされたということです。

先の見通しが立たない不安定な暮らしが続く中、南田さんはカレンダーを見ることに強いこだわりを持つようになりました。

さきざきの予定がはっきりわからないと、破ってしまいます。

取材した日には、施設の職員が宿泊場所の書かれたカレンダーを手渡しましたが、部屋の中でその内容を見つめたあと、細かく破っていました。

カレンダーを見つめる南田さん

南田さんの支援計画を担当している、相談支援専門員の松永智里主任は次のように話しています。

相談支援専門員 松永主任
「市内では重度の障害者に対応できる住まいは足りておらず、新たなグループホームが完成したら数十人が希望を出すような状況です。住まいの資源自体が少ない中で本人にあった施設を紹介することは難しいのが現状で、今後の生活の見通しが立てづらい状況です。日替わりで住む場所が変わるので大変だと思いますが、少しでも本人に合った暮らしができるよう、支援者と家族で協力しながら、対応しています」

そもそもショートステイって?

「ショートステイ」は、障害のある人を介護する家族が急な病気で一時的に介護ができなくなった時など緊急時に、短期間に限って障害者が宿泊し食事や入浴などの介護を受けられる福祉サービスです。緊急時のほかにも、家族がふだんの介護でたまった疲れをとるために利用されることもあります。

原則、短期間の利用を想定していて、厚生労働省の要領では目安となる1年間の利用日数について「利用者の心身の状況などを勘案して特に必要と認められる場合を除き、年間180日を超えないようにしなければならない」としています。

180日を超えて利用する必要があるかどうかは、自治体が個別に判断し、家族が長期入院しているなど、やむをえない事情がある場合には例外的に認められます。

今回、行った調査とは?

障害者の住まいの実態について、NHKは専門家と共同で全国のすべての市町村(※)と東京23区に対しアンケート調査を行い、全体の40%余りにあたる696の市区町村から回答を得ました。(※能登半島地震で大きな被害を受けた6市町は除く)

その結果、規模の大きな「入所施設」や地域の住宅などで少人数で暮らす「グループホーム」の利用を希望しながら空きがないために待機状態にある障害者が少なくとも延べ2万2000人余りいて特に重度の知的障害がある人の住まいが不足していることがわかりました。

回収したアンケート

さらに、調査の中で「ショートステイ」の利用状況を尋ねました。

ショートステイについて国は、特に必要と認められる場合を除き年間の利用日数が180日を超えないようにしなければらないと目安を定めていますが、2022年度の1年間に180日を超えて長期滞在している知的障害者があわせて1286人いることがわかりました。

なぜ長期滞在になる?

その理由を複数回答で尋ねたところ、

利用できる入所施設やグループホームなどの暮らしの場が見つからないため

がおよそ70%と最も多く、ショートステイが、住まいを見つけられない障害者の実質的な受け皿になっている実態が伺えます。

こうしたショートステイでの長期滞在は、福祉事業者の間で「ロングショートステイ」と呼ばれています。

数年間ショートステイ施設に滞在も

利用できるグループホームなどを見つけられず、いわば“仮の住まい”として数年間にわたってショートステイでの暮らしを余儀なくされている人もいます。

大阪・岸和田市にある社会福祉法人「いずみ野福祉会」では、市内にある入所施設の中にあわせて10人が利用できるショートステイの部屋を設けて、介護を担う家族の病気などのため自宅で暮らせなくなった障害者を受け入れています。

本来、短期での受け入れを想定していますが、滞在が長期間に及ぶケースも少なくなく、これまでの10年間で15人が国の目安を超えて、年間の利用日数180日を超えたということです。

法人によりますと、ほとんどが重度の知的障害がある人たちで、介護を担っていた家族が高齢になって自宅で暮らせなくなり、地域のグループホームを探したものの、障害が重いため、利用を断られるなどした人たちが多いということです。

現在も4人の障害者がショートステイでの長期滞在を続けています。

このうち2年余りにわたってショートステイで滞在している20代の男性は、重度の知的障害と自閉症があり気持ちが不安定になるとほかの人をたたいてしまうことがあります。

いまも受け入れてくれるグループホームが見つかっておらず、同じ法人が運営する入所施設への入所も希望しましたが現在、待機者が129人いて、すぐには入ることができないということです。

一方で、ショートステイで長期間滞在するためには自治体の決定が必要で、このまま滞在が認められ続ける保証もなく、将来の見通しが立たない生活が続いています。

いずみ野福祉会 叶原生人 施設長
「ショートステイで暮らし続けている方は、定住できる自分の家がないような状態です。とても不安定な状態で日々の生活を送らなければならず、ベストな状態とは言えないと思っています。なんとか安心できる行き場を確保できるように努力していますが、重度の障害のある方を安心して託せるような住まいは限られているのが現状です」

「生活の根幹が成り立っていない」

NHKと共同で調査を行った、障害福祉に詳しい佛教大学社会福祉学部の田中智子教授は次のように指摘しています。

「そもそもショートステイは短期の利用を目的とした制度なので、そうした施設に長期滞在を余儀なくされている人は、いわば『仮住まい』の状態だ。本来であれば施設の職員は、長期的なスパンで支援内容を組み立てが、“ロングショートステイ”の人の場合は、いつまでその施設にいられるかもわからず長期的な見通しが立てられない中で支援をするしかない。生活の根幹が成り立っていないような状態で人権に関わる重大な問題だ」

そのうえで、こう訴えました。

「調査全体から見えてきたのは特に重い障害のある人たちが暮らす場がないという問題で、きちんと1つの場所で落ち着けるような補助のあり方や人員体制、ハード面の整備など、行政の介入が必要だ」

【こちらも】近くに空きがなく… 知的障害者7700人超 県外施設利用と判明

【こちらも】“受け入れ施設 空きがない”障害者 延べ2万2000人待機

【こちらも】「私が死んだら息子は誰が…」在宅の障害者が増加 親は不安も

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。