ツアーでトンネルを歩く参加者たち=茂木町提供

 戦争に翻弄され、一度も列車が走ることはなかった「未成線」が栃木県茂木町にある。真岡鉄道の終点・茂木駅と茨城県の長倉村(現・常陸大宮市)間の12キロを結ぶはずだった未完の鉄路「長倉線」だ。未成線に着目し、歴史の掘り起こしからツアーの企画まで、中心となって手がけるのが同町の瀧田隆・町商工観光課長(56)だ。「鉄ちゃん(鉄道ファン)」ではない課長が目指すものとは?【有田浩子】

瀧田隆・茂木町商工観光課長=2024年8月2日午後3時57分、有田浩子撮影

 瀧田課長は同町出身で、小学生のころから「長倉線」の存在は知っていた。茂木駅近くの洞窟や築堤は格好の遊び場だった。大学卒業後の1992年に役場に入庁。課長として、旧国鉄の真岡鉄道開通100年の節目を迎え、長倉線との縁を感じた。

 観光庁の誘客多角化の実証事業に応募したところ採択された。2020年12月15日の100周年のイベントに合わせ「未成線の旅」と名付けたモニターツアーの実施を決めた。

長倉線って?

 そもそも長倉線とは、どんな路線だったのか。

 熱心な誘致活動の末、1920(大正9)年に茂木駅が誕生。それを目の当たりにした隣の旧中川村(現・茂木町)が、村長を筆頭に茂木駅からの延伸を求め建設運動を展開した。河川を使った物流が衰退する中、特産のたばこや砂利の運搬のため鉄道に活路を見いだしたのだった。

 29(昭和4)年の着工が決まったが昭和大恐慌で遅れ、37年からようやく工事が始まった。40年に6・2キロ分が竣工。その後、戦争が始まり、残り区間の建設は止まり、終戦後も再開されることはなかった。

資料集めからコツコツ

 瀧田課長は課の職員とともに町史の研究者を訪ねたり鉄道博物館にも出かけたりして資料を集め、20ページの資料を完成させた。同時に、茂木駅から下野中川停車場までの5・9キロ間について、180メートルあるトンネル部分を含め、コースとして歩けるよう急ピッチで整備した。

下野中川停車場。茂木駅から5・9キロの地点にある=2024年8月2日午後5時5分、有田浩子撮影

 モニターツアーに手応えを感じ、本格的に動き出したのはそれからだ。

 駅名標を設置したのを皮切りに、真岡鉄道から1913年八幡製鉄所製のレールを譲り受け30メートルを設置。貨物車の最後尾に連結されていた車掌車もツイッター(現X)で見つけて譲り受け、2023年10月までに保存するため駅舎風の上屋も完成させた。

 費用は、実業家の前澤友作氏が募集した自治体向けふるさと納税で500万円、町長のトップセールスで企業版ふるさと納税により900万円を集めた。

 国鉄風の厚紙で作った硬券で下野中川停車場の入場券を作り、日付を入れたり、はさみを入れたりすることができるようにした。また、23年のツアーから車掌車の内部を公開したほか、鉄道まちおこし支援団体の協力を得て吹鳴体験も実施した。

質にこだわり、旅行業免許も取得

 瀧田課長がもっともこだわったのがツアーの質の確保だ。業者任せにせず、企画から販売までできるよう瀧田課長自ら、旅行業の免許も取得した。22年から商工観光課内に「一般社団法人もてぎニューツーリズム」を設立。役場の業務として、バスを手配したり各種問い合わせにも応じたりしている。

 コースは約4時間。途中のトンネル内では10分程度、そこでしか見ることができない映像を流すほか、休憩時間を設け茂木産のおにぎり弁当や郷土菓子などふるまう。スタート時間は、首都圏から来て日帰りできるよう10時半とし、片道にバスがつくと7000円(税込み)、なしだと5500円(同)に設定した。

未成線ツアーの参加者たち=茂木町提供

 「商品として販売する以上、中途半端なことはできない。対価以上の感動を与えたい」とガイドにも工夫をこらし、毎回30人定員の大半が埋まる。ただ、4人いたガイドは、役場の異動や地域おこし協力隊の任期切れなどで抜け、瀧田課長1人となった。そのため、定期ツアーの回数は春秋各2回にとどまる。

 未成線の面白さは、という問いに瀧田課長は「もし開通していたらどんな未来だったかと想像がかきたてられるところ」と話す。下野中川停車場周辺には、当時、駅ができるだろうと見込んで旅館を開くために引っ越してきた人もいるという。

 幻の鉄路の行き着く先はどこなのか。

 ツアーを始める前は長倉線の存在すら知らない町民もいたが、停車場に写真を撮りにくる人が増え、「価値のある遺構」であると再認識されてきた。たばこ産業で栄え、中心市街地に今も残る昭和の町並みも、「見せ方次第で、価値のあるものに変えられる」と瀧田課長は信じている。

 列車は走らなかったけれど、かつてのにぎわいを取り戻し、多くの人が集まる未来が作れるのか。挑戦は続く。

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