夏から秋にかけて、山間部や盆地にたゆたう雲海。その神秘的な現象はほぼ早朝に限られるまさに刹那の美だ。雲海に出合えなくても絶景が望める雲海スポットを選んだ。

今週の専門家


▽小塩稲之(日本観光文化協会会長)▽小関一成(写真作家)▽小松由香莉(日本旅行総合研究所主任研究員)▽高橋俊宏(ディスカバー・ジャパン統括編集長)▽竹本りか(風景写真家)▽深澤武(写真家)▽山田実希(ロケーションジャパン編集長)=敬称略、五十音順

1位 星野リゾート トマム 雲海テラス(北海道占冠村)


470ポイント 雲海に出合えなくても楽しい施設

標高約1100メートル。トマム山の頂近くに雲海を見るための施設が7つ点在する。夏休みが始まった7月下旬、家族連れら約1300人がゴンドラで訪れたメインの「雲海テラス」や「クラウドバー」は厚い雲の中にあった。「遭遇できる頻度が高い日本を代表する雲海スポット」(山田実希さん)だが、見えないこともある。

ただ実は、見えなくても集客できるところがトマムの真骨頂だ。「自然現象である雲海が見えないことを見越した上で楽しめる目の付け所が素晴らしい。文句なく1位」(高橋俊宏さん)という評価がそれを象徴している。

ホテル側が「言い訳ガイド」と呼ぶスタッフが、がっかりする子どもたちになぜ雲海ができるのかを丁寧に説明している。「雲海を身近に感じるせり出したテラスやカフェなど工夫を凝らした施設」(竹本りかさん)では、雲形のマシュマロを添えた「雲海コーヒー」などを飲みながら観光客がくつろいでいた。

トマムは「太平洋で発生した霧が流れ込みやすい」(深澤武さん)のが特徴。「真夏でも清涼感ある北海道の雄大さを感じさせてくれる」(小関一成さん)。星野リゾート トマムの広報、田中大介さんは「太平洋産とトマム産(写真)、悪天候型の3種類の雲海が秒単位で変化する様子はここでしか見られない」と解説してくれた。

①見頃5〜10月②料金宿泊客は無料。日帰り客は大人1900円(往復のゴンドラ料金)

2位 大観峰展望所(熊本県阿蘇市) 


430ポイント 泳いでいけそうな雲

阿蘇のカルデラが見渡せる絶景スポットだ。「広大な眺望と牧歌的な雰囲気を楽しめる」(深澤さん)。視界の先に見えるのは阿蘇五岳(ごがく)。雲海が垂れこめると「横たわったお釈迦様の様に例えられる阿蘇五岳に、幻想的な雲を泳いでいけるような気がする」(小塩稲之さん)。

阿蘇の雲海は「日の出から午前8時ぐらいまでと発生時間が長いのが特徴」(高橋さん)。カルデラ内には約5万人が暮らす田園風景が広がり「阿蘇盆地を覆いつくす雲海は圧巻」(小松由香莉さん)だ。

ドライブルートにあるのでアクセスもしやすい。ネットで公開しているライブカメラで発生状況を確認できるが「雲海に出合えなくとも絶景は約束されている」(竹本りかさん)。

①秋〜冬②無料

3位 星峠の棚田(新潟県十日町市) 


390ポイント 絵画のような日本の原風景

日本を代表する棚田。「まるで絵画。写真愛好家に人気の美景地」(竹本さん)だ。正式には「越後松代(まつだい)棚田群 星峠の棚田」という。「どこか懐かしい、誰もが心に抱く日本の原風景を感じさせる」(小松さん)

棚田を見下ろせる展望台には駐車スペースとトイレもある。「約200の棚田と朝日に霧がたなびくと幻想的な風景となる」(深澤さん)。十日町市の里山は四季の色がそれぞれ濃い。「特に秋には黄金色に輝く棚田と一緒に雲海を見ることができる」(高橋さん)

「大河ドラマ『天地人』のオープニングでも使われた神秘的な風景」(山田さん)。雲海が漂うと「日本の里山の空気感が味わえる」(小関さん)。

①5〜6月、10〜11月(冬季は車の進入不可) ②無料

4位 枝折峠 (新潟県魚沼市)


300ポイント 大河が流れるような滝雲

早朝、奥只見・銀山平で発生した霧が「この峠で雲海となり、山々の尾根を越えて滝のように流れる『滝雲(たきぐも)』となる」(小塩さん)。他の雲海スポットと違い「大河が流れるような雲海は自然の雄大さを感じさせてくれる」(小関さん)。

雲海スポットである国道沿いの枝折峠駐車場の標高は1000メートル超だが、車を駐車すれば「登山をしなくても道路脇で見られるのも魅力だ」(竹本さん)。トイレも完備している。晩秋は「銀山平に至る国道はブナの黄葉が美しく、越後駒ケ岳方面の眺望に優れている」(深澤さん)。

①6月中下旬〜11月上旬②無料(9〜10月に往復1000円のうおぬま滝雲シャトルバスを運行する予定)

5位 竜王マウンテンリゾート ソラテラス(長野県山ノ内町)


260ポイント 夕方に見られる雲海、星空観賞

テラスの標高は1770メートル。「山々と雲海のパノラマが広がる雄大な光景が望める」(小関さん)。世界最大級166人乗りのロープウエーで行く。「刻々と変わり続ける山の気候によって様々な表情を見せる雲海は、見る人を釘付けにする」(小松さん)

ここの最大の特徴は「早朝よりも高い確率で夕方に雲海を見ることができる」(高橋さん)点だ。「雲海と夕日のコラボが幻想的で美しい」(竹本さん)。「湯田中温泉や渋温泉も近くにあるので雲海の後の楽しみも広がる」(山田さん)。星空観賞スポットとしても有名だ。

①6〜10月②ロープウエー料金は2400円から(日によって変わる)

6位 びわ湖バレイ びわ湖テラス(滋賀県大津市)


250ポイント 「近江の海」を覆い尽くすパノラマ雲海

121人乗りの巨大ロープウエーで向かう。「琵琶湖上にたなびく雲海をロープウエーで通り抜ける非日常体験を味わえる」(小松さん)。ウッド調のテラスから「広大な琵琶湖を覆いつくすパノラマ雲海を眺められる」(竹本さん)。貸し切りの席もあり「家族連れ、カップルなど様々な客層に対応した場づくりが魅力。雲海が見られなくても楽しめるだろう」(高橋さん)。

アクセスの評価も高い。「大河ドラマ『光る君へ』で話題の琵琶湖が眼下に広がるスポットとしてもおすすめ。グルメやアクティビティも充実している」(山田さん)。虹の名所でもある。

①秋〜春②ロープウエー料金は往復3500円(当日券)

7位 摩周湖第三展望台(北海道弟子屈町)


240ポイント 視界埋め尽くす圧倒的な雲

霧で有名な摩周湖は「雲海の名所でもありぜひ訪ねたい」(山田さん)。第三展望台は3つの展望台で最も標高が高く「霧に包まれることなく雲海を見られる確率が高い」(深澤さん)。運がよければ「見渡す限り雲海で埋め尽くされ、圧倒される光景を望める」(小松さん)。

摩周湖の雲海は1位のトマム同様に太平洋で生まれた海霧が内陸へ流れ込んでできる。摩周湖の西にはJR釧網本線を挟んで屈斜路湖がある。摩周湖を背にして見渡せば「ダブル雲海も楽しめるかもしれない。この絶景は夏の思い出にぴったりだ」(小塩さん)。大自然に囲まれた川湯温泉にも近い。冬期は車では行けない。

①6〜9月②無料。

7位 蔵王の御釡(宮城県川崎町)


240ポイント 「地球の果て」で眺める神秘の絶景

蔵王山の火口湖は釜状なので「御釜」ともいわれる。「蔵王のシンボル『御釜』越しに広がる日の出と雲海と三位一体の絶景は神秘的」(小松さん)だ。

標高1700メートルの山頂付近に広がる「地球の果てとも思える大地から望む広大な雲海は、特にご来光の瞬間に自然の息吹を感じる」(小関さん)。朝日で「御釜が瞳のように輝き、気流によってはドラマチックな雲の躍動も楽しめる」(深澤さん)。雲海がなくても「エメラルドグリーンに輝く御釜は絶景」(山田さん)だ。蔵王ハイラインの終点近くには蔵王山頂レストハウスがある。

①5〜10月②蔵王ハイラインは通行料がかかるが駐車場は無料。冬季は通行止め。

9位 国見ケ丘(宮崎県高千穂町)


230ポイント 心が洗われる日本神話の舞台

日本を代表する観光地、高千穂峡の近くにある雲海の名所で「阿蘇や祖母連山など九州を代表する山々を一望できる」(高橋さん)。

名峰を背景に広がる雲海の風景は「日本神話の舞台にふさわしく神々しい」(竹本さん)。「高千穂盆地や山々を覆い隠す神秘的な雲海は、数々の伝承を体感しているような心が洗われる思いを感じられる」(小松さん)

高千穂の盆地を霧が覆うと墨絵のような景観となる。「大パノラマの雲海の絶景に出合えたら、この世のものとは思えない気分になる」(山田さん)。雲海が見られなくても、山々から霧が上がる神秘的な風景が出現することもある。

①9〜12月②無料

10位 黒菱平雲海デッキ (長野県白馬村)


190ポイント 北アルプスたゆたう雄大な雲海

黒菱駐車場まで白馬三山を眺めながら林道を走り、雲海デッキまではリフトで向かう。標高1680メートルのデッキからは「戦国武将の英雄伝説も伝わる名峰が連なる北アルプスをたゆたう雄大な雲海が望める」(小塩さん)。

湿原に残る水面には白馬三山が映り込む。夏にはニッコウキスゲが、秋には紅葉が彩る。「白馬三山や雲海から昇る朝日を見た後は、高山植物を眺めながら八方池へトレッキングも楽しめる」(深澤さん)

雲海が見られなくても絶景を楽しめるが、現在放映中の「山岳医を描いたドラマ『マウンテンドクター』でも注目される白馬で、ぜひ雲海を見たい」(山田さん)

①7〜10月②リフトは往復1200円。

放射冷却が生む刹那の美


昼と夜の温度差が大きくなる夏から秋。夜間に晴れていると地面から熱が逃げて地表近くが冷える。これを放射冷却というが、暖かい空気が冷やされると雲の種となる水蒸気が水滴になって雲ができる。地上付近は湿っていて重たい空気、上空には暖かくて乾いた空気の層ができると、海面のようにたなびく雲海が生まれる。

雨の日はもちろん強い風があってもダメ。条件がそろっても、雲海が望めるのは日の出以降のせいぜい1時間程度だ。星野リゾート トマムの田中大介さんは「自然を味方につけた時だけ体感できる、まさに刹那の楽しみ。同じ景観は二度とないので、また来ていただける」と話す。

ちなみに、ランキングの11位以下は稲佐山展望台(長崎市)、高野辻休憩所(奈良県野迫川村)、高谷山展望台(広島県三次市)、宝山高原展望台(京都府福知山市)、FUJIYAMAツインテラス(山梨県笛吹市)と続く。白い雲と青い空が山並みに映える。これからの季節、幻想的なコントラストに出合える機会は増えていく。

ランキングの見方


スポットの名称(所在地)。数字は評価の合計点。①見頃②料金

写真


1位星野リゾート トマム、2位深澤武さん、3位十日町市観光協会、4位魚沼市観光協会、5位竜王マウンテンリゾート、6位びわ湖バレイ、7位㊤川湯ビジターセンター、7位㊦小関一成さん、9位高千穂町観光協会、10位八方尾根開発の撮影・提供。

調査の方法


山田実希さん、小塩稲之さん、小関一成さんの協力で全国の雲海が望める展望台やテラスを22カ所リスト化(城郭や橋などの建築物がある場所、登山が必要な高地は除いた)。「雲海の見事さ」「雲海が見えなくても美しい景観が望め楽しめるか」の観点から7人の専門家が1〜10位を選び、編集部で集計した。

(大久保潤)

[NIKKEIプラス1 2024年8月10日付]

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