実は奈良にも“JR環状線”がある。県中部エリアの主要地を走る大和路、万葉まほろば、和歌山の3線が1周する形でつながっているのだ。実際に列車がぐるりと一周するわけではないが、線路がつながる特性を生かして各駅周辺の観光地を一体でPRし、沿線全体の振興を目指すプロジェクトが10月初旬に本格的に始動する。将来的にインバウンド(訪日外国人客)らを呼び込み、沿線の振興を目指す。
このプロジェクトは「大和まほろば新探訪計画―ならSLOW&LOOP―」。奈良商工会議所(奈良市)が主導し2023年3月、試験的に始動した。大和路線の王寺―奈良、万葉まほろば線の奈良―桜井―畝傍―高田、和歌山線の高田―王寺をつなげた計22駅からなる区間を東京の山手線や大阪環状線に見立てながら、都心では味わえないゆったりと電車で楽しめる旅の開発を奈良盆地で目指す。
観光プランの創出や情報発信方法などについて自治体間で連携。毎年各市町が独自で開催するイルミネーションの開催期間を一本化し、一つの大規模なイベントにする構想もある。また、沿線に酒蔵が点在する特徴と、電車が来るのが1時間おきの時間帯もあるローカル線の特性を掛け合わせ、電車の待ち時間を活用しながら順に酒蔵を見学するコースなども模索。近年、日本酒がブームになっている欧米系外国人を呼び込むことも目指す。
今年度はウェブサイトやSNS(ネット交流サービス)の情報発信など可能な範囲で連携し、25年度に予算を付けて本格的な企画を打ち上げる予定。奈良商議所は「山手線の渋谷=若者の街、大阪環状線の鶴橋=焼き肉店も集まるコリアンタウンという具合に駅名と街のイメージが一致するような沿線にしたい」と夢を語る。
当面は、約7カ月後に開幕する大阪・関西万博に訪れるインバウンドの取り込みにつなげる企画の開発が急がれる。皮切りとなる10月初旬の第1回会合ではJR西日本などの民間や沿線の自治体、外郭団体を集める予定。山下真知事の肝いり施策で「観光戦略本部会議」を設置した県も出席する方針だ。
観光の集中、是正へ
奈良環状線のプロジェクトは、県内の一部地域のみに観光客が集まる現状を変えるとともに、県内の宿泊客を増やすことも目指す。
県内は奈良市中心部に観光客が集中するオーバーツーリズムが問題になる一方、中部を含む他の地域には恩恵が行き届いていない。魅力的な観光地やイベントは多くても、連携不足からそれぞれが「点」でしか捉えられておらず、旅行客の周遊につながっていないためだ。その結果、多くの名所が近くに集まる奈良公園エリアに観光客が集中している。環状線は奈良公園に近い奈良駅を通っているため、多くの観光客を沿線に誘導できる可能性があると担当者はみている。
また、奈良は訪問客の宿泊率が低いという特有の課題がある。「夜の観光メニューが充実する大阪や京都に泊まり、日帰りで奈良に訪れるケースが多い」(観光業界関係者)ためだ。7月に奈良市が発表した「市観光入込客数調査」によると、23年に市を訪れた観光客数は約1220万人で新型コロナウイルス禍前の19年の約7割に回復したが、市内の宿泊客数はわずか約14%の水準にとどまる。
関係者によると、市内中心部の好立地のホテルでも年間の平均稼働率はコロナ後でも40%程度に過ぎない。新たなプロジェクトで奈良を周遊し長く滞在してもらい、より多く泊まってもらえるか、注目される。【山口起儀】
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