「ジョンストンズ オブ エルガン」は上質なカシミヤとウールで知られる。柔らかく暖かなストールをはじめ、発色美しく上品なデザインのニット類など、良い素材で丁寧に作ったことが伝わってくる。長く使い続けられる製品の数々は、日本でも愛されている。
ブランドは1797年の創業以来、自社で原毛から製品までの一貫生産を続ける家族経営だ。職人仕事を重視する一方、積極的な研究開発も行い、持続可能なビジネスを未来につなごうとしている。ブランドの永続性を探りにスコットランド、エルガンを訪れた。
かつて「北のランタン」とよばれた13世紀建立の大聖堂を中心とするエルガンは、首都のエディンバラから北に250キロ、北海まで9キロに位置する。最高経営責任者(CEO)のクリス・ガフニーさんがまず案内してくれた敷地内の塔からは、街が一望できた。大聖堂から5分ほどの場所に並ぶジョンストンズの工場は、1790年代の建物も交じる。「30以上からなる製造工程がこの場所に集約されている」とクリスさんは話す。
初代アレクサンダー・ジョンストンは「23歳という若さで、毛織物とウールの貿易ルートを開拓したイノベーター」とクリスさん。
続いて2代目のジェームスはアルパカ、ビキューナ、メリノ、カシミヤなどを先駆けて世界各地から調達した。1840年代になると、地域を象徴するチェック柄の「エステートツイード」を手がけて評判に。50年代に英王室が近隣のバルモラル城を購入すると、そのエステートツイードも制作した。このツイードのほか、今はニットウエアなども英国王室御用達だ。
副会長のジェニー・アークハートさんは、後継者のいなかった3代目の経営を引き継いだエドワード・ハリソンから数えて4代目にあたる。エドワードは「ジョンストンズの創造性を体現していた」(ジェニーさん)。職人気質と芸術性を併せ持つエドワードは、空や山の色などスコットランドの風景をテキスタイルに落とし込んだだけでなく、スコットランドほど寒冷でない地にも適応するよう、カシミヤやツイード製品の軽量化も行った。
「製品は土地に根付いた何代にもわたる経験と積み重ねの結晶」。だからこそこの地で一貫生産を続けるのだと、CEOのクリスさんは言う。社内には創業当初からの台帳が保管され、なかには1872年に初めて日本へ送られたツイード生地のサンプルも。デザインチームはそんな貴重なアーカイブを基に「スコットランドの自然にインスピレーションを得て創造を続ける」(クリスさん)。
染色、織り、仕上げなどの職人の技と精巧な機械も世代を超えて受け継がれている。インハウスのデザインチームは工程を熟知し、職人らと緊密に連携することでジョンストンズならではの上質な製品を生み出す。
染色でいえば、原毛のわずかな色の違いがものをいう。例えば「カシミヤで品の良いブラックを出すには、白い原毛では照りが出過ぎる」(クリスさん)。経験豊富な職人らがデザイナーの要望にそって原毛からより分ける。「何より重要なのは職人たち」という創業来のビジョンのもと、ブランドのロゴは職人たちを象徴する蜂に、スコットランドの国花でファブリックの起毛にも使うアザミ、ジョンストンズの頭文字「J」をあしらっている。
ジョンストンズの看板ともいえるカシミヤ製品の原毛をみせてもらうと、ほとんど重力を感じさせない軽さと柔らかさに驚く。この綿菓子のような風合いをそのまま生かした製品を作れるのは、エルガンの水でこそだという。柔軟性を高めるための薬品もほぼ使わず、環境に優しいうえ「肌ざわりのよさ、柔らかさは恒久的だ」(クリスさん)。
ジョンストンズのものづくりは常に、サステナビリティーと伴走しながら進化する。製品に付したQRコードを読み取ると、繊維から製品になるまでの過程が見られる「デジタルID」の導入は画期的だ。また1960年代のシンガーミシンは、部品を3Dプリンターで複製、保存し、持ち味である手縫いのような味わいを出せるように使い続ける。
現時点では原毛を輸入しているが、地域の素材を使っていけるよう、硬質なスコットランド産羊毛を柔らかくする研究もエディンバラ大学と共同で進める。何より、カシミヤ製品を扱うブランドなどから成るサステナブル・ファイバー・アライアンス(SFA)創設メンバーとして、草原の回復、家畜の健康と牧畜民の豊かな生活を支援している。2023年には社会・環境への配慮やその実績開示に優れる企業に与える「Bコーポレーション」に認定された。
「エルガンというスコットランドの小さな街から、自然素材のみを使って素晴らしい製品を世界中に届けることはこの上ない誇り」と副会長のジェニーさん。製品は世界40カ国で扱われている。長く使うことができる製品こそラグジュアリーの本来の姿であることを知ってほしい、と力を込める。
今後は創業間もない1800年代から作り続ける生活の中のデザイン、たとえばブランケットなども充実させ「『スコットランドのぬくもり』を象徴するライフスタイルブランドとして確立させたい」とクリスさんは話す。土地に根付いた伝統と革新という確かな土台のもとに、美とサステナビリティーが共存する。
吉田知弘
吉田タイスケ撮影
[NIKKEI The STYLE 2024年9月8日付]
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