フェブラリーステークスでJRA所属の女性騎手として初めてGⅠレースに騎乗、5着になったコパノキッキングをなでる藤田菜七子騎手=東京競馬場で2019年2月17日、宮武祐希撮影

 日本中央競馬会(JRA)でスマートフォンの不適切な使用が後を絶たない。

 八百長の防止対策として、JRAの騎手は開催前夜から外部と接触できないよう競馬場やトレーニングセンターにある「調整ルーム」で過ごすことが義務づけられている。通信機器の持ち込みは現在禁止されている。しかし、ルール違反が相次いで明るみに出た。

 ネット・ゲーム依存のカウンセリングを手がける臨床心理士の森山沙耶さんは「アスリートが抱えるストレスや緊張を軽減する対策を取ることも必要だ」と訴える。【聞き手・畠山嵩】

 JRAでは昨年5月、10~20代の騎手6人がスマートフォンをレース開催中の競馬場に持ち込んでインターネットを閲覧するなどし、30日間の騎乗停止となった。今月7日には永野猛蔵騎手(22)と小林勝太騎手(21)が調整ルームにスマートフォンを持ち込んで通信し、騎乗停止の処分を受けた。女性騎手としてJRA最多の166勝を挙げた藤田菜七子さん(27)も騎乗停止処分となり、11日付で引退した。 

制御難しい「欲求」

 ――一連の事案について専門分野の視点から感じたことは。

 ◆以前からアスリートの分野、特に若い選手の間で、スマートフォンは話題になってきた。寝る時にスマートフォンを見てしまい、睡眠不足でパフォーマンスに影響が出るといった問題だ。これから段々と表面化してくると予測している。

中山競馬場

 ――若い人たちが多い印象だが、考えられる要因は。

 ◆一つはスマートフォンに対して感覚の違いがある。10~20代は「デジタルネーティブ」の世代で、スマートフォンをより多く使っている。

 その世代の人たちはコミュニケーションを取るのも情報を仕入れるのも何でもスマートフォンになる。常にスマートフォンが手元にある。

 また、10代から20代前半ぐらいまでは目の前のことに対する「やりたい」という気持ちや衝動、欲求をなかなか制御しづらい。

 心理学にはセルフコントロールという用語がある。「相反する目の前の衝動よりも、自分にとって価値のある長期的な目標を達成するために行動する能力」と定義されているが、セルフコントロールのスキルがまだ十分に育っていない。

 脳の大脳辺縁系という欲求や衝動をつかさどる部位が10代になると急速に成熟する。一方、衝動をコントロールする前頭前野は20代半ばまでゆっくり成熟していくため、アンバランスと言われている。

 上の年代の人と比べると10~20代の若者はセルフコントロールに難しさがある。

スマートフォン(イメージ)=ゲッティ

大学生の30%に「依存傾向」?

 ――その他に考えられる要素は。

 ◆アスリートにかかるストレスがかなり影響しているのではないだろうか。若い人はストレスに対処する手段がまだ豊富に備わっていない。

 スマートフォンがずっと手元にあって、嫌なことや不安なことをスマートフォンを見ることで紛らわせる。スマートフォンの中の誰かにいろいろ相談したり愚痴をこぼしたりすることがあるかもしれないが、スマートフォンで全て対処できてしまう。

 スマートフォンがないとレース前により不安な心理状態になることは、断定的には言えないが可能性としてある。

 ――スマートフォンとの適切な距離をどう取ればよいか。

 ◆一般的に、逃げ場がスマートフォンにしかないとスマートフォンに依存してしまう恐れがある。ストレス解消の手段をスマートフォンだけでなくたくさん持っておいたり、息抜きになるような活動をしたり、ストレス解消のレパートリーを広げておくのがメンタルヘルスの観点からすると非常に大事だ。

 ――JRAのルールをどう見るか。

 ◆ルールを今後どうするかは当然考えなければいけない。だが、ルールを作っても厳しいチェックなどはなく本人の意志に任せるというのでは難しいだろう。

 若い人は自分の欲求制御がまだ難しいし、ストレス解消手段も少ない。なおかつ、スマートフォンが当たり前にある中で、それを本人の自己責任で(使用を抑制する)というのは厳しい。

 本人の意志に任せる形ではない仕組みを考えた方がよいのではないか。

 ――組織側に求められることは。

 ◆日本の大学生の30%がスマートフォンへの依存傾向があるという研究結果もある。そうすると相当数がスマートフォンを手放せないということになる。

 よりストレスがかかっているアスリートでそういう問題が起こるのは必然だ。組織側がカウンセラーを置いたりカウンセラーに相談できるような窓口を作ったりして、ストレスや緊張を軽減する対策を取ることがメンタルヘルス的な視点から必要だ。

ネット・ゲーム依存のカウンセリングを手がける臨床心理士の森山沙耶氏=本人提供

もりやま・さや

 臨床心理士、公認心理師。東京学芸大大学院修了後、家庭裁判所調査官として勤務。現在はネット・ゲーム依存専門心理師として、カウンセリングや講演活動を行う。東京都出身。

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